amber


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男と買い物に出たことなど殆どない。
そもそもの買い物はほぼ即決だったし、そうでなくてもこれを買おうなんてある程度目星をつけてから店に入るものだからある意味男のような買い物だとよく友人が例えていてそれが褒められているのか貶されているのか分からずよく首を傾げていたものだ。

だからこそ今回の、何もかも予想のつかなかったこの出来事にどうしたものだかと悩んだのも確かで。
こんな面白味のない買い物に付き合わせることになって申し訳なさを感じながら。


「お待たせしました」

朝の事件からすぐに着替えたは地図を広げXANXUSに見せたがすぐに把握してしまったのかもうこちら側を見る事はなかった。
何故だか盗難にあったのはだというのに隣の部屋であるだけの人間が親身になって面倒を見てくれることになり、スクアーロにも一応念の為との荷物をXANXUSの部屋へと運びそのまま彼はそこで見張りがてら仕事をするというのだ。
仕事こそついでで、本当は見張り番がメインじゃないのかと思えてしまったが彼の好意を無碍にすぐわけにもいかず、人間って温かいなあ、なんて思いながら頼んだのが先のこと。

隣を歩く男をちらりと横目で見る。見れば見るほど普通ではない、そして顔の整った男である。確かにここは温泉街、外国人旅行者も数多く見られるがそれであってもの隣を悠然と歩むこの男は人を惹きつける何かを持ち得ていた。
…彼は気が付いていないのだろうか。
先ほどから沢山の旅行客が彼のことを見ているということに。いや、の非常時にすぐ気が付いて助けてくれたXANXUSのことだから恐らくはその視線に気付いているだろうが気にも留めていないといったほうが正しいのだろうが。
黙っていれば確かに恐ろしく見えるのかもしれない。けれどそうではないということをは知っていて、この場においてその事実を知っているのが自分だけと言うことが何故だか少しだけ優越感をもたらしていた。


「あ、あそこですXANXUSさん!」

目当ての土産物屋に着くと早速いつものように決めていた土産を選びカゴへと入れていく。大体同僚のものだ、数の多く、誰でも食べられそうなもので、そこに行ったと分かる商品名のものを。
誰といったのかと聞かれたらどうしようかと思えば少しだけこの珍事件を話すことも出来ないので1人で楽しんだと言わなければならないなあ、なんて内心で笑いながらものの数分で土産は買い終わった。後ろでXANXUSが何も言わずゆっくりと着いてきていることをそっと確認しながら最後の目的の場所へと移動する。

さあ、残るはある意味メインのものだ。
酒棚の前へと立つと昨夜バーテンダーに聞きそびれた酒を探し始める。
帰る際に聞こうと思っていたのにXANXUSがまさか一緒に帰ってくれるとは思ってもいなかったし、会計だって一緒に済ませてくれたものだから完全に聞くタイミングを失ってしまっていた。けれど昨夜の味は確かに美味しかったのだ。何としても見つけたい。


「何を探してやがる」
「…えっ」

意外と銘柄もあり悩んでいればとうとうXANXUSが痺れを切らしたのか後ろから声をかけてきた。
これ以上悩んだところで記憶が戻ってくることもない。「ええと、」申し訳なくなりながらヘルプを求めた。


「XANXUSさんは昨日ウィスキーだけでしたけど日本酒とかは飲むんですか?」
「特に銘柄は拘らねえけどな」
「…なるほど。昨日バーで飲んだものが土産屋でも売ってあると聞いたので自分用に買おうと思うんですが……」

どれだったかなあ、と早く探さなければならないと少しだけ慌てそうになったが間違えてしまっては元も子もない。後ろで怒ってなければいいけどと身体を僅かにすくめながら試飲コーナーの店員に助言を受けるも未だにパッとしたものが見つからず。
とうとう唸って立ち止まってしまったに救いの手を差し伸ばしたのはそのすぐ後のことで。彼は昨夜それを口にしてもいなかったというのにの隣に立ったと思えば棚全体を一瞥し迷うことなく2本取り出し酒瓶をこちらに見せる。あまりの素早さと驚きに声をあげそうになったが流石に他の人も沢山いる店内のため、どうにか抑えた。

本当に、彼はよく見ている。
確かにイントネーションも何の問題もない日本語ではあったものの割と粗暴な言葉遣いで、それでもを夜中に部屋まで送り届けてくれたり今日のことがあったりとやはり外国の男性というべきなのだろうか。
その節くれだった手や、袖からちらりと見える傷はやはり少しだけ一般人枠とは呼べないだろうななんて感じ取れたし此方を他意無くじっと見る赤い瞳はXANXUSの整った容姿をさらに人間離れしたものに思わせた。
しかし彼は人間だ。血の通った、温かい腕をした。

正直、どちらの瓶でも、それから全然見当違いの酒でも良かった。
あれだけ酒に強そうな、それでいて銘柄問わず呑むような酒豪が選んだのであればきっと美味しいに違いないのだから。けれど恐らくこれで間違いないのだろうという確信も不思議と持てた。ただどちらにしようかと少し悩んだが、赤い瞳がちらりと右側を見ていたのでそちらにした。
「こっちです」手を伸ばし常温に晒された冷えてもいない瓶を握る。瞬間、指先がXANXUSの指と触れ合う。冷え性のよりも、温かい指をしている。人を気遣う、優しい手だと思ったがそれをきっと言えば怒られるのだとも何となく理解した。


「…よく、分かりましたね。私全然覚えられなかったのに」
「当たり前だ」

握った瞬間、本当にこの瓶であったことを今更ながらに思い出す。彼が探してくれたものだ、きっと格別に美味く感じるに違いない。
ぎゅっと酒瓶を握りしめるとXANXUSはの考えなんて分かるはずもなく、そのまま選ばれなかった方の瓶を棚へと戻しにゆっくりと歩む彼の背中に声をかけた。

「XANXUSさん」自分の声なのに、少しだけ震えたのは何故だろう。怖いから?否、それだけは絶対に違うと言いきれた。
彼は自分に対し何もしていないのだ。ではどうして緊張しているのか。
気が付けば楽しくて、嬉しくて心が弾んでいた、なんていつぶりの感情だろうか。そんな感情を飲み込みながら、XANXUSを静かに見つめた。


「ありがとうございます」

別に気にするほどのことでもなかったが彼から感謝の言葉や謝罪の言葉に対しての返答は得られない。きっと慣れていないのか、やはり男性は恥ずかしかったり、言われるのが嫌なのかもしれない。けれど伝えなければならない事は伝えなければ、当然相手へ伝わらない。
きっと気が付きやしないと踏んで今までのこと全てのことへの意味合いを含め再度感謝の言葉を告げると「早く行け」なんて精算を急かすXANXUSに僅かな変化が起きた。


「っ!」

今、確かに目の前の男は微笑んだ。否、微笑んだという表現にしては柔らかすぎるが、口元が緩んだのは確かだ。
たったそれだけのことなのにどうしてこうも心臓を鷲掴みされるようなそんな感覚に陥ったのだろうか。…そんな事はどうでもいい。今目の前に起きた彼の変化を、目に留めなければという使命感に襲われた。


「…何だ」

あまりにも突然のことに驚いて動きを止めてしまったけれど、ありのままに感じたことを彼に伝えればすぐさま無かったことにされてしまいそうな気がして不審そうな彼の質問に対しては何でもありませんと首を振った。
自分の不用意な一言でこの空気を壊したくはない。
自分自身もリフレッシュ休暇という長期休暇をもらった身で、それに彼だってビジネスだろうがせっかくこんな所に来ているのだ。
どうしてだか盗難にあった自分が連続して狙われぬようとご大層にものお守りを買って出てくれた彼に少しでも楽しんでもらいたかった。

それでもこの空間に一緒にいれば今の表情を見れた嬉しさに顔がまた綻びそうになるので少しだけ名残惜しいが逃げるようにしてレジへと向かう。
が、彼に背中を向けた時からどうにも顔の表情が言う事を聞かない。


「…ふふ、」

まるでデートのようだとは思った。
けれどそれと同時に手元に持つ土産の数々が自分が今旅行に居るということをまざまざと思い知らされ少しだけ表情が翳るが、むしろ旅行でないと彼に会うことも出来なかったのだと言い聞かせることにした。
自分は彼の隣を堂々と歩むような綺麗な人間ではないし、むしろ何処にでもいるような平凡な容姿をしていて、こうやっていつもと違った日常を送ることなんてなかっただろう。

XANXUSにとってもきっとそうだ。物珍しい人間がいて、不幸にも盗難にあった自分の状況に同情しついてきてくれただけで。旅行が終わればすべてが終わる。それが当然のことだ。
だから、と。はレジに並びながら静かに言い聞かせるように声を出す。


「…シンデレラは時間制限付きだったし、」

その時間が来れば元に戻るだけ。
もっともあの灰かぶり姫は最後には幸せになったのだけど、それはもちろん彼女が王子の心を射止めるほど美しく、そして優しい心を持っていたからに違いないのだから。
私とは何もかもが違うのよ、と。