▼amber
「見てくださいXANXUSさん!射的やってますよ」
XANXUSにとって観光目的で日本に訪れたことはない。だがしかしこの温泉と秋口の紅葉を売りにしている日本有数の観光名所の1つである此処は日本と縁のなかったXANXUSであっても真新しいものが何一つないその情景は何となく懐かしくなるような、そんな不思議な感情を抱かせていた。
いつだって彼に暇なんてものはなかった。そんなものがあるのであれば部屋で酒を飲み、気ままに女を抱き、そして眠る。肉を喰らう。イタリアから、ヴァリアーの城から出ることなんてほとんどなかった。
こんな風に女を連れて朝っぱらから何処かへ出かけるだなんて行為は生まれて初めてに近かった。…否、母親がいた際は――等と少し過去へと思いを馳せたが最早己を産み落とした女の顔すら碌に脳裏には浮かぶことはない。ただ置いていかれぬよう、捨てていかれぬよう当時は大きく見えた背を一生懸命小さな足でついていった事ぐらいだ。
「XANXUSさん?」小走りで前に居たはずのは黙って動きを止めてしまったXANXUSを不思議に思ったのだろう、気がつけば自分の前へと戻ってきて小首を傾げながらこちらを見上げている。何もねえよ、と小さく呟きの興味を引いたソレに視線を遣った。
昔からある古びた射的ゲームの屋台だった。よくよく見ればその隣にはスマートボール、手打ちパチンコ等XANXUSの記憶にも知識もないようなものが並んである。それを楽しげにする親子、なかなか景品を取れず悔しがる子供、ニコニコとそれを微笑ましく見る夫婦と屋台側の人間。
どうにもここは居心地が悪い。血の似つかわしくない平和な風景であるに違いなかった此処に、己が居る方が異端であるということだ。そんな風景を楽しげに見ているはまるで平和の象徴で、破壊を目的としてきたXANXUSとは正反対の彼女が隣で何の警戒もなく歩んでいるというこの光景は何とアンバランスなのだろう。
「…できるのか」
クイと顎でそれを示すと自信満々には笑みを浮かべた。
「やったことありませんがやりたいです」
当然ながらのその言葉に「だろうな」と返す。XANXUSが静かに頷けばは嬉しそうにショルダーバッグから財布を取り出し店員へと硬貨を渡し代わりに弾を受け取り不慣れな様子でそれを銃口へと込めた。
いわゆるコルク銃である。所詮銃といったって紛い物だ。人を傷つける目的のものではなく、空気圧で銃口へと詰められたコルクを前に押し出す式のものでの数メートル前に並べられた景品を当てて落とすのが精一杯の強さでしかない。狙うは人ではなく菓子類。
当たれば嬉しがるというのは射撃手であっても同様のことであるがにはそいつがお似合いだろう。血はあまりにも不釣り合いだ。
「狙うはやっぱり1番ですよね」
そういっては少しだけ腰を屈め、狙いを定める。
ドラマか何かで見たのだろうか片目を瞑り構える姿はおおよそ実弾を込めれば転んでしまうだろうと思えるほど頼りない。改めて一般人であるという事を彼女の身体全体で知らされ、何もないというのに一線が明らかに引かれたそんな気すらした。
1発、2発。
ポンッという軽い音と共に前に押し出されるコルク弾。残念ながら1つは大外れもいいところへと飛んでいき、もう1発は景品には当たったものの真ん中に当たりすぎて少し後ろにズレたものの当たり判定である下に落ちるということはなかった。
残りは1発。どうしたものだかと若干眉をひそめ1等はやめておこうか、そうするならばどの景品を狙おうかと視線を彷徨わせたそこにXANXUSは一歩、踏み出す。チャリンと静かにその台へと硬貨を置き、僅かに怯えた様子が見える店員からコルクを3つ受け取った。そうだ、これが普段の、本来の一般人の反応だというのにどうしてこいつは。
一切怯えもしなかった。それどころか起きれば見知らぬ男が目の前で寝ていたというのに悲鳴一つあげず寧ろ布団をかけてくるような豪胆な女。射的1つに本気になり、酒の好きな女。けれど、一般人の。
――ポンッ!
同じく2発。1発目で重そうに見えるその景品の端を狙い若干浮かすと素早い動きで2発目をコルク銃の先へと込めてそれにとどめを。仰々しく構えることもなく静かに膝をつき屈み込むと軽やかな音と共に2等賞の景品を撃ち落とせば一瞬の静寂の後、店員がカランカランとベルを鳴らし2等の知らせを告げた。
「XANXUSさん凄いです!」
「…当然だ」
それが本職と言えばどうなるだろうかとも思ったがどうせこの女は怯えもしないに違いないと何となしに思った。もう1発詰め込んだがその前にも再度構え最後の1発を撃ち込まんとしていたがその前にXANXUSはその銃口を手で抑えた。これでは撃てないではないかと不服そうな顔をして見上げるに対し、XANXUSはその後ろへと回る。
「!」
「腰を落とせ。それから、ーー」
手元に引き寄せ手解きを。ボソリボソリと端的に、しかしそれでも彼女にはわかりやすい言葉を用い、コツを伝授した。ふわりと変わらぬ柑橘の香りどこから薫るものであろうかと考えたがそれよりも衣服越しからでもわかる柔らかいの肢体に僅かに瞠目した。ほぅ!と嬉しそうな店員の声は若干耳障りであったがどうでもいい。
少しだけ教えてやると若干見栄えはだけはよくなったかもしれない。ヴァリアーの新米にこんなへっぴり腰がいてたまるものかとも思えたがこれはこれで面白かった。
腰は落とせ。
目は瞑っても構わないが撃つ瞬間だけは目を開け。
照準器が無ければ大概狙い通りのところにいくものでもない。だから狙いすぎても意味はない。
それだけを伝えれば聡い女のことだ。コツも掴むしそれよりもXANXUSの事だって若干銃に関して詳しい人間であると理解もしただろう。
――ポンッ!
最後の弾は、しかし隣の小さな4等にあたって終わることになったがそれでもは楽しげに店員から菓子を受け取った。駄菓子なんていつぶりかしら、なんて嬉しそうに微笑む彼女はやはり一般人だ。
「あ、XANXUSさんもう1発残ってますよ」
「…好きにしろ」
「え、でも…あっ」
XANXUSの残り弾が詰まったままのコルク銃を持ち上げたその時、不具合でも起きたのだろうか引き金を引いてもいないというのに最後に軽やかな音をたて弾が押し出された。
ガコンッ。
何かが落ちたその重い音に何事かと振り向くXANXUSの目に1等の景品が床へと落ちる様子がしっかりと映った。それはどんな偶然だろうか。コルク銃を握ったままのと、あんぐりと口を開いた店員と。恐らくXANXUSだって目は見開いていたに違いない。
「…見てください、1等賞、とりました」
「――ぶはっ!」
「…ふふ」
笑いをこらえることができなかったのは、3人であった。最も店側の人間はギロリとXANXUSが睨みつけたことですぐに真顔となり1等賞であるお菓子の詰め合わせをすぐに準備する為に動き始めたのだけど。
なるほど、この女はスナイパーに違いない。
その偶然の1発であの重そうな1等賞も、それからXANXUSの中に巣食う暗い気持ちも一瞬でかき消し、射止めてしまったのだから。
その女、スナイパーにつき。
「もうXANXUSさん!笑いすぎですよ!」