oCoon


『君達はどうせあの子の話でないと今回の僕の誘いすら乗ってくれないとは思っていたからね。悪いけどあの子には先に話をさせてもらっているよ』

子供の姿とはいえやはり伊達に歳は取っていない。
確かに骸達も如何に面白い力を持つ術士がいると聞いたところでクロームからああも熱心に話されなければこんな地へと来ることはなかっただろうが今回に限れば行ってよかった時間だったのかもしれない。

今にも泣き出しそうなに困ったような表情を浮かべるマーモン。これはこれでなかなか珍しい光景であると思うのと同時に、骸と例え今生の別れがあったとしてもああいうシーンにはならないだろうとフランは思った。
ちらりと当の本人を見るとどうやら同じことを考えていたらしい骸も「なんて素晴らしい師弟愛なんでしょうね」なんて呟きフランを見て盛大なため息をつく。

湿った空気はどうにも苦手だ。悲しげに俯きながらこちらへと歩む彼女の姿を確認すると、林檎の被り物が擦りおろされることを覚悟で師匠の頭の上にパイナップルを具現化させるとの名前を呼び、―――


「フラン!」
「見てくださいーこれがミーの師匠ですー」

ポカンとした後、うっすらと口元を緩めた彼女に対し動じずにいられる男は残念ながらこの場には居なかった。仕方ないですねえ、なんてフランの気遣いという名の小さな嫌がらせに対し降ってきた優しい声には当然、気付かないフリをした。
……この男は後に絶対ライバルになると知っていたので。



「じゃあ元気でね
「…お師匠様も、お元気で」

ヴァリアー専用のジェットで日本へと送られるという特別待遇を受け、その間は一言も発さず、けれどフランの手をずっと握りしめていた。
それは恋人繋ぎなどという甘やかしいものではなくどちらかといえば診察待ちの子供が怯え親のそばから離れないそれに近かったがそれでもフランは満足したし、そして一歩も近付くどころかこちらを見る気配もないその様子に骸は逆に不満そうな表情を隠しもせずに2人の…否、繋がれた手をずっと見ていた。
狙った異性はほぼほぼ手中に収めていた彼がこうもお話にならない状態であることは珍しくついニヤリと口元に笑みが浮かんでくるのも仕方ないだろう。「、空綺麗ですねー」なんて声をかければ素直に窓の外を見てわぁっと声をあげる。背後でギリっと音が聞こえればもうフランに笑みを我慢することは出来なかった。

「師匠ー男の嫉妬なんて見苦しいですー」
「お前も僕の立場になればわかります」
「分かりたくないですしー何よりが怖がるのであっち向いてくださいー」
「…ぐっ!」

少しは自分との間を取り持つかと思いきややはりいつもと同じ弟子の様子に、そしてその言葉にややショックを受けた様子の骸はちらりとの方を見るが紫の髪をさらりと流した彼女は既にフランから離れるどころかもっとくっついていく有様で、確かに骸の入るスペースなど1ミリもなかった。

決して自慢ではなかったがここまで異性に蔑ろにされた経験は骸にはない。
だからこそ弟子であるフランにああも懐いているのに自分には全く興味を覚えようともしないが気になって気になって仕方ないが現状どうしようもない、ということだけは悲しきかな理解した。
がしかしそれでへこたれる彼ではない。
いついかなるときもにこやかな笑みを浮かべ心の内を探られてはならぬ。それはフランに対して厳しく言い聞かせていた言葉であり、師である己も例外ではない。

、帰ったら何が食べたいですか?」
「……何でもいいです」

ちらりと骸の方を見上げたがすぐさま下を向き小さく答えた後、きゅうとフランの手を握った。どうやら現在の彼女の安定剤はフランの手と傍であると決まったらしい。
とうとういつもいつも冷静に、だの弱みを見せるな、だのと常に自信に溢れた骸が無言になってしまった。
哀れな師の姿に流石にこれでは今後自分に八つ当たられることは見て取れたし何よりそのしょぼくれた房を見るのも情けなくなってしまってきたのでフランはしょうがないですねーと呟き最大の助言を口にする。

「師匠ーそもそもと挨拶してないじゃないですかー」
「…え」
だって一方的に名前知られてる状態じゃ何だこのパイナポーヘアーのやばそうな人はーとか思っちゃいますしー、大体何て呼べばいいかも分からないわけですしー」

目からウロコとはこの事だった。
この六道骸としたことが彼女の姿に見惚れていて自己紹介すら忘れていたとは。
落ち込んだ姿はどこへやら、クフフとその口元に怪しげな微笑を浮かべの足元へと屈み込む。その際彼女がヒッと声を出したのは気が付かないフリをして。

「申し遅れました。僕は六道骸と言います」
「……です」
「よろしくお願いしますね、

これで許されるものなのかとつい癖で再度彼女の手を取りちらりと様子を伺うように彼女を見上げた。なるほど確かにフランの言っていた通り先ほどとは警戒した様子は見られなくなっている。

なかなか骨の折れそうな子だ。クロームであっても最初から自分に対してのみは心を開いていたというのににとってその相手は自分ではなくこの子を拾ったというマーモンだけで。

「……あの、」

不思議な魅力を持つ少女であることは否めない。
まるで自分達がフラフラと誘蛾灯に惹かれるように、かぐわしい花の蜜の香りに誘われるかのように。
ただ彼女の容姿だけに惹かれたわけではない。まるで魂そのものが輝いているような、彼女そのものから何かが発せられているようなそんな気ですら感じられた。

恐らくこれはフランも同じだろう。今の状況はまったくもって面白くないので彼にいうつもりは毛頭ないが。柔らかな手を撫でるように握り込むとその白い手の甲に己の唇をリップ音を鳴らしながら押し付け、……

「あ、野生のキメラがジェットの外に現れましたー」

どこぞのゲームのナレーションのごとくジェットの外を見て現状を報告するフランの声に慌てて窓を見やると大きな目がギョロリとこちらを見ていてヒクリと頬が引きつった。
空飛ぶ大王イカなど聞いたことはない。よくよく見ればその後ろには先ほどマーモンが消したはずのキメラが大量に空を飛びながらこちらに対し咆哮をあげている。
ハッとして目の前の彼女を見ればカクン、と骸の方へと倒れてきていて。くたりと全体重が腕の中へとかかりその柔らかい肢体を静かに抱きしめ、まさかの事態に絶叫した。

「……!?何故彼女は気を失っているのですか!」
「師匠が18禁な顔してるからじゃないですかー?」

何が駄目だったのか骸にはさっぱり理解もできず、フランはエロエロ師匠ーなんて言い始め憂いを帯びた表情で「あれスルメにしましょー」と力を使い始めた。

目下の目標は彼女のこのすぐ気絶や暴走した場合に現れる幻術の対応だろうと思いながらジェットの中に侵入しつつある大きなキメラや触手、それから血まみれのゾンビ等に向き合った。仕方ありませんね、と骸は立ち上がりそれを消すべく術を行使「いでよー全てを終わらせるムクロ人形第103号」「お前も一緒に葬ってやりましょうか。」

まったくもって、先が思いやられる。





の力が強い事はジェットの中での事件でよく理解した。無意識の術ほど厄介なものはなく、読めないキメラ達の動き、時には彼女を守ろうとしたり何故か彼女を食おうとする化け物も具現化されていたものだからなかなか激しい攻防戦となってしまっていた。今頃マーモンの元へと返っていくジェットの中も外も悲惨なことになっているだろう。

結局は彼女を揺り動かし起こすことでどうにか事なきを得たがかなり疲弊させられたことは事実だ。これをどう修行で、抑えるか。
初めて組まなければならないプログラムに頭を悩ませながら黒曜ヘルシーランドへと戻るとクロームが彼らの帰りを待っていた。

「お帰りなさい、骸さま。フラン」

10年の時を経ればあのおどおどと己に自信のなかったクロームも淑女となりフランと同様骸の補佐をしたり、はたまたフランの付き添いとして、時には面倒臭がって骸が投げた仕事をボンゴレの霧の守護者補佐、としての仕事をきっちりとこなす立派な術士となっていた。

しかし問題はここからだ。
先ほどと同様、緊張して暴走されては今度こそ自分たちの住処が奪われてしまう。クロームとの対面に彼女はどうでるか出るか。
気が付けばフランの手を握りしめていたはずのは彼の隣にはいない。
小走りでクロームの元へと向かうとぎゅうっと彼女の胸元へ飛び込む。えっと声を出すフラン。

「お帰りなさい、
「…会いたかった」

関わった時間は彼女よりも骸やフランの方が半日多いはずなのに優先順位は火を見るよりも明らかなものとなっていた。ぴしりと固まるフランに「ご愁傷様です」と肩に手をやると不機嫌そうな視線で返ってくる。
男の嫉妬は醜い、なんてどの口が言ったものか。バチバチと視線で対応する彼らにクロームはいつもの通りにこやかな笑みをむけ、

に手を出したら許さないから」

ポツリと呟かれたそれに含まれるひんやりとした純粋な殺気。「はい」と大人しく答えたのははたしてどちらなのか。
最大のライバルはクロームだということを理解した彼らは今後どうなるのかまだ分かってはいない。けれど頼もしく、それでいて不安な要素が彼らのテリトリーに入ったのは確かな事で。
そんなことを思われているなんて露知らぬ、クロームの腕の中でようやく落ち着きを見せたは3人に対し静かに微笑んだ。

「これから、よろしくお願いします」


―――これにて回想、終了!