oCoon


いつか言わなければならないことだったとは言え、ここまで知られているとは思ってもみなかった。
私のような他人を自分達のテリトリーに呼び入れるということは私がどんな人間であるかどうか知っておかなきゃならないというのに彼らは私の生い立ちについて何も聞くことはなかった。それに私は甘えていた。

「…お探しのものは見つかりましたか?」

調べるのは当然のこと。
分かっているし、納得もしていた。聞かなかった事が不思議だと思ったことはあっても傷つくことなんてなく、寧ろ…この場を見て私は如何に彼らに大事にされているのかをまざまざと見ることになって驚いたぐらいだ。
目の前にある私そっくりのホログラム。そこに書き入れられたXの印。きっと何かを感じとっていたに違いない。私のこの体質をおかしいと、奇跡ではないと不審に感じたに違いない。

彼らが探していたのは、この手術の痕だろう。

「!これは」
「あまり私も覚えていないんです。お師匠様に忘れるように言われ、催眠術で忘却をお願いしています」

お師匠様は術士でありサイキッカー、つまり超能力の持ち主だ。幻覚の方であれば少しはわかっているところもあるつもりだけどこの超能力というものばかりは理解することができなかった。

浮遊するのはお師匠さまだけの特権。
特殊な紙での粘写。そういったものこそが超能力であるぐらいしか私は分かることがなかったけれどもう一つ、お師匠様にはあまり他人に見せることはなかったけれど得意なものがある。

それが、精神に関しての強い暗示。

もちろん幻術であっても暗示に似たそれは可能ではある。
現にクロームの内臓は今、彼女自身の暗示に近い有幻覚で補われているのだから。だけどそれはある意味危険でもある。彼女がもしも幻覚が届かない不可思議な領域に連れて行かれたりしたら。もしも彼女が誰かに敗北し有幻覚を維持することもできないぐらい弱ってしまえばその内臓は消え去ってしまうのだ。
自分でそれらを確立することは一見安全に見えて、とても危ういことはよく知っている。

『…本当に、いいのかい?』
『はい、それは…私にとって邪魔でしかないので』

私がお師匠様に忘却させられている術は強固だった。
何をキッカケにしても、例えばその時と同じ状況に陥ったとしても思い出すこともないように。お師匠様しか知らない”鍵”がない限り思い出さないようにと。
またその鍵が解けてしまったとしても私が思い出したいと強く願わない限り、戻ってこない仕組みになっている。要は私が内側の鍵を開けていない限り決して思い出さないようになっている。
そして、私はそれを思い出したいと思うことはないだろう。

、僕は君を拾ったその理由は分かるかい?』
『マーモン様、私はあなたに従います』
『…僕の手足になりなよ。君は使える子だ』

それが、お師匠様に拾われた時の約束だからだ。私はお師匠様の手足になるために生きている。だからこそ、その忘れた記憶は不要であり。
この肉体は確かに私が失った記憶の中において、誰かに実験として弄られた結果ここに在る。

「…ごめんなさい、今まで、黙ってて」

私は偽物だらけなのだ。
どうしてこんな力が私に宿っているかという答えはその記憶の中にあるだろう。その上で、死ぬ気の炎がコントロールできないのはきっと昔受けた手術の所為であるということは何となく分かっていた。
自分の感情が高ぶった時に自分の手に負えなくなってしまっているのはそれらが元々私の身体を巡っているとは言え私のものでないからだ。そう考えなかったこともない。

だけどそれを知ったところで何かが解決するはずもなかった。
私は生きていくためにこの力をマスターする必要がある。ただその漠然とした答えだけ。
日々この力は私の意志とは関係なく強くなり続けていることは自分の身体だからこそ分かっていた。だから、このままじゃいけないと。これ以上に、今まで以上に自分の力が何であるかを知る必要があった。

「私は、…既に壊滅されたマフィアの、成功品です」

彼らはどう思うだろう。骸さんに見せたその手術痕は彼に何を思わせたのだろう。
実際見せたところで彼のいつも一定だった表情は驚くほどに強張った。まさか、と声なく呟いたのを私は間近で見た。
他意無く触られるその痕。触られたところで何かが起こることもないけれどそれがどうして、心が痛い。

その場は静寂に包まれた。

黙っていたことを咎められるかもしれない。
彼らもまた幼少期に手術を受け常人では持ち得ない力を授けられたとこの黒曜へ来て犬さんから聞いていたし、もしかするとこれは彼らのそういう嫌だった記憶を蘇らせてしまったのではないかと少しだけ自分の行動を悔やみもした。だけどもう、後には引けない。
不愉快であると追い出される覚悟もあった。だけどもう彼らに隠し事はできない。

「私は知ってた」
「…え」

重い沈黙を破ったのはクロームだった。
振り向いた彼女は口を引き締め、私の方へ近付くとさっき脱いだ部屋着を被せられる。どうやら早く着ろといっているらしい。上が下着姿のままよく骸さんの前に立ったものだと自分の行動に今更ながら関心しながら、大人しくそのまま袖を通した。

「…クローム?」

ぎゅう、とそのまま抱きしめられる。
それはいつもよりも弱々しい抱擁。クロームはいつの間にか目を潤ませていることにその時ようやく気付く。

、あなたがここに来る前、教えてもらった」

え、というその声は骸さんから聞こえた気がする。
どうやらその反応を見るからにクロームはお師匠様から私の情報を聞いていて、だけど他の人に言うことはなかったようだった。
そういえば私が生身で接触したのは確かに骸さんとフランだったけれどそれまでに何度も電話をして交流があったのはクロームだ。お師匠様が先に連絡をとったのはクロームなのかもしれない。

「私はが何者でもいい。その体質が術士ばかりを魅了して、惹きつけられてても、…だから」

言葉を失ったのは私の方だ。
私のこの体質を知っていてもそばに居てくれるのはお師匠様以外、居なかったというのに。これから話そうとしている内容をすでにクロームだけはずっと前から知っていて、…それを知っても尚、私にこうやって抱きついてくれている。包んでいてくれている。
衝撃的ではあった。それがどれだけ心強いかクローム本人は気付いていなさそうだったけれど。
ぽんぽん、と軽く頭を撫でられクロームは言葉を続けた。

「超広範囲魅了。それが、を苦しめている体質。
――大丈夫。皆、の事を憎んだり、傷つけようとしないから。大丈夫」

それにどれだけ救われたか。
別に我慢をしてきたわけじゃない。耐え忍んできたわけでもない。だけどクロームのこの優しさに触れて、何も思わない訳がなかった。

気が付けば私はクロームの背中に手を回してその胸で泣いていた。

ごめんなさいと。
黙っててごめんなさいと、それからありがとう、と。泣くつもりはさらさらなかったというのに言葉にすると今度は涙を止めることができなくなってしまった。
泣きじゃくりながら伝え、その度クロームが慈愛に満ちた笑みと優しさで私の頭を撫でる。

悪循環だった。
これじゃ、泣き止むことなんて出来やしない。

誰も話すことはなく私だけの泣き声が響くこの空間のなか、犬さんだけがどうしていいのか分からずに私の後ろでキャン!と鳴いた。