CoCoon
の両親はとあるマフィアに所属する研究員であり、ヴァリアーが依頼を受け壊滅させた時には既にこの世を去っている。
人体研究という領域に手を出した機関に対して、ボンゴレは殊の外追撃の手を緩めることはなかった。その任務には味方であっても何かにつけて容赦のない金額を条件付けるマーモンを指定してきたというボンゴレの本部は正しい人選であったのだろう。
同じボンゴレとは言え本部はマーモンにとってなかなかの上客で呪いが解け緩やかに年を取ることとなった元アルコバレーノはその類稀なる力を惜しげもなく披露しその任務を終えた。後に残っていた文献、データは自分への土産であると持ち帰ることにしてようやくそのマフィアの実態を知る。成程、彼らは特殊であった。
その名をディヴィーノという。
神という何とも捻りもないその名を語ったファミリーはほぼ全員が術士で構成されている。宗教ばった何かではなく、崇めているのは世界創世の神でもなく、己の力。つまり術士としての力のみで、それも霧の炎を持った術士だけがそのファミリーに属することを許されており、またその組織自体も一風変わった体制を敷いていたのだという。
『彼らに本部、またはボスというものがなかった。どうしてか分かるかい?』
クロームはそのマーモンからの質問に答えることは出来なかったそうだが骸はすぐにそれの意味を理解した。
ディヴィーノはボンゴレのような大手ではない小さな研究機関だ、もしも何処かに本部を設置しそこを狙われた事で今まで調べていたことが台無しにならぬよう決まった場所を作ることはなかったのだろう。
エストラーネオはそういう意味では機関として人員を分断出来る程多くはなかった。本部というよりは研究施設がただ一つ、他者からの影響も受けぬただただ暗い部屋で人体実験が行われていた。
だからこそ彼らの研究は骸が壊滅させ全員を殺した時点で全てが途絶え、以降は禁弾とされた憑依弾の精製もデータや口伝する人間が果てた時点で難しくなってしまい残ったのは骸の手元にあるものだけとなっている。
『僕がぶち壊したところもまさにそれだった。ある程度は殺したよ。
まあ厄介な攻撃ばかりをしてくるから結局僕だって本気を出さずにはいられなかったんだけどね』
ボスがいないということはつまり全員が”脳”である可能性が非常に高い。恐らく何事の決定であっても誰かが統計をとるとは言え全員の意志を聞いていたに違いない。
誰もがボスになれる。
それは誰もがボスたる資格を持っているということとなり、誰もがほぼ同じ思考同じ目的を持っているということであり、即ちもしも誰かが1人死んだり捕まったりしたとしても全員が共有している故に滅びることはないということだ。ディヴィーノを止めるとならば彼ら全員を殺さぬ限り絶つ事が出来ない。たった1人生き残っていてはそこからまた増え続けていく。決して絶えることはない。そういう厄介なシステムなのだろう。
マーモンは”ある程度は”殺したと言っている。つまり、生き残りがいる。それはまだディヴィーノが潰えていないということであり。
そんな彼らが密かに続けていた研究。
それこそ雲雀恭弥から送られてきていたデータとクロームが受け取っていたマーモンからのデータをあわせるとようやく見えてくる。
「…骸様」
「これが彼女の全てです」
クロームの言葉に取り乱したはそのまま骸の指示でフランが彼女の私室へと連れて行った。彼女がその記憶を故意に忘れているのであれば今自分たちの前で展開されているデータを聞かない方が、見ない方が良いだろう。クロームでさえ顔を青ざめ、呆然と壁に映された彼女の情報を見ていた。
「彼女もやはり、…実験体だったようですね」
親の手であるかどうかそこまでは分からなかったがは手術を経てとある特異な体質へと変化した。それが骸が懸念していた通りのもの、自分達のように外部から取り付けられた元は自分の一部ではなかったもの。だけど今ではそれを取り外す事は不可能とされているもの…彼女は自分達よりも生命に直結する、死ぬ気の炎に関する手術を受けていた。
一つは皆が修練の最中に思っていた彼女の稀有な力、膨大で純粋な死ぬ気の炎の量。
そしてもう一つが彼女が自分達を惑わす香り。
――それが、超広範囲魅了。
その名の通り、広範囲に渡り他者を魅了させる術だ。恐ろしい程無意識に彼女からその香りなるものは発せられ他者を誘惑する。
まるで花のように、私を食べてと。
美味しいよとその香りが誘いの手を向けてくる。唆られる。手を出さずにはいられなくなってしまう。決してフランやクロームがずっと彼女にベッタリであったのはから発せられるその香りにやられていたわけではなかっただろうが、しかし少なくともキッカケの1つとして在ることは確かだった。
骸でさえ、抗えないと思えるときだってあった。心がざわついた。
手を伸ばし、彼女の柔肌に触れ、引き裂いてしまいたいと。その血を啜ってしまいたいととても人間とは思えぬ欲が湧いてくるほどに。だからこそ黒曜につれて来た当初、触れたいと思えたその欲望を抑えるよう、逃げるように骸はから距離をとったのだ。
『は普通の匂い』
犬の嗅覚でも感知できなかったその香りは万人を呼び寄せるものではなかった。では対象者は?…それは雲雀恭弥の何気ない一言にも含まれていた。
雲雀は雲属性だけではなく複属性として霧の炎も有している。10年前、骸と初めて対峙して以来雲雀は霧の人間に対して警戒心を隠しもせず寧ろ嫌悪感を全面的に出している事も知っていたしそれは今の時代でも変わることはなかった。
だがに対してはどうだ。
孤高を好む肉食獣が擦り寄るあの様は流石の骸ですら平常心を保てずの元へと走り縋り付いたがあれは決して骸をとことん困らせてやろうという魂胆からの行動ではなかった。
恐ろしいほどの無意識な、無自覚な香り。
誘惑。
それの対象は僅かながらでも霧属性を所有する人間全員であったのだ。
犬や千種はその属性を一欠片たりとも持っていなかったのだろう。とはいえ自分たちの他に霧の属性を所有した人間が近場にはいなかったので詳しいことを体験することはできなかったが例えば彼女を骸達が稀に行くような術士の集まりのところに放っておけば大変な事が起きるだろう。彼女を食もうと惨劇は免れないに違いない。
では彼女からその香りが発せられて何があるというのか。何が起こるというのか。それはマーモンが持ってきたデータに書かれていた。
彼女は花であり、囮であると。
の匂いに惹きつけられるのは霧属性の人間達。そして、近付けば最後彼女を食みたいという欲求に耐えられず襲いかかる。そこを狙うのがディヴィーノの人間達だ。近付けば近付くだけ逃げられない。危険であると分かっていてももう自分の行動に抑止が効かなくなる程度の魅了の力。その力をもって霧属性の人間を誘き寄せるのは。そして捕まえるのがディヴィーノの人間。ではその後、どうするか。
『死ぬ気の炎は血液のように循環する。じゃあそれを作り体内に送り出しているのは何処だろう、って彼らは考えたのさ』
それから雲雀が発したのは彼がどうか冗談を言う人間であってほしいと信じてしまいたくなるほどに、衝撃的だった。
『喰われるなんて、人間の世界でも有り得てしまうんだってね。ディヴィーノは食べるんだよ。霧属性の人間の、心臓をね』
何箇所か見つかった彼らの住処。
其処にはどこも逆十字を置いた祭壇と、その手前には白い台があったのだという。何かの儀式をしていた場所なのかと思いたくもなるそのおどろおどろしい場所には決して消えることのない血痕があらゆるところに残されており、とても普通一般の感覚の人間が出入りできるような場所ではなかったらしい。その辺に落ちている黒いものは一体人間の何処のパーツであったのか。何処の部分の、食い損ねか。心臓以外に興味は無かった彼らは他の部分に関しては杜撰な扱いで、その辺に放り投げていることもあれば壁に打ち付けているものもあったらしい。湧き続ける蛆、子供も大人も関係のない死体。惨憺たるそれらはディヴィーノの連中が何処かで生きている限り未だその非人道的な食事が続けられているであろう。
じゃあここで問題。
珍しく上機嫌な雲雀は画面越し―骸に対し送られてきたデータの一部である―に目を細めながら言葉を投げかけた。
『霧属性、13人分。彼女の事を調べたらこれだけ出てきたけれど、…どういう意味だろうね?』