如何に1人に実力があったとしても団体戦においてどうにもならないこともある。
その最たる例が今スクアーロ達、雨の部隊を襲っている現状だった。


「スクアーロ隊長もうここは危険です!」
「チィッ、あとこれだけだってんのによお!」

新入隊員を連れての任務は毎年のこの時期の憂鬱事の一つだ。まだ経験の浅い彼らなのだから仕方ないといえば仕方ない。いずれは誰もが通る道だ。スクアーロだってそうだったのだから。
それでも自分の時はこうではなかったと言いたくもなるぐらい思い通りに行かず苛立ちは募っていた。今年の人材は平均点が悪かったという人事の言葉が今になってわかる。やはり今後は従来通り何人か暗殺や任務を共にした実技試験も加えてもらうように申請するしかない。

今回の任務はデータベースのハッキングとメモリーデータの奪取。
潜入先のマフィアの生死は問わずといったところでこれが一番簡単かと選んだものだったがその選択が間違いだったのだ。こればかりは専門知識を持つ人間がいなければ話にならないというのに、隊を二分し動かした自分の致命的なミスだ。
今頃専門知識を有する隊員がいる側こそ敵の多い方だったのだろう。向こうが1枚上手だったということだ。

――任務は失敗か。
そう観念し、撤退の一声をかけようとインカムに手が伸びたその瞬間だった。


「スクアーロ様、僭越ながら私が」

ふわりと背後から誰かがやってくる。
心地のいい声だと思った。


「データは私に。退路はお任せしました」

スクアーロのことを見ることもなく数名の隊員の一番後ろからやってきた女は目の前のパソコンに向かい、キーボードをたたきはじめた。雨の部隊の人間は勿論全員把握してある。
ヴァリアーの隊服を纏った女は間違いなく所属こそ此処だが見慣れぬ人間だった。


「お前うちの部隊の奴じゃねえなあ?」
「誠に不本意ながら嵐隊のと申します」

元、雷撃隊の。
そう付け足した言葉に思い当たる節があった。

確かベル直々で実力を見て引き抜きをした人間だったか。当時こちらに何の関連もなかったので全ての情報が後手後手に回っていたが確かそんなことを聞いたことがある。

そう言えば今回の任務は嵐隊の一部も後衛につけてきていたのを思い出した。
今回嵐隊の新入隊員は他の部隊よりも圧倒的に少なく、かつ隊長であるベルはいつもの高ランク任務しか受けないという我侭っぷりを披露したので新入隊員はいろんな部隊の色々な任務の後衛についてまわっているという現状だった。
どうせそんな状態で嵐隊に連れていったところで死ぬのは目に見えて分かっているのだ。後衛という名の雑用をさせられているわけだが嵐隊の人間は誰もが文句ひとつ言わずついて行っていると聞く。
ベルほど自由に動いている者はいないだろう。スクアーロだってこんな地味な任務なんてやりたくはないというのに。


「…何が出来る」
「10分いただければどんな回線にもハッキングしてみせます」
「専門分野か?」
「いえ。ただ介入が可能な体質とだけ考えてください」

言葉の意味はよくわからなかったがそれでも彼女の目の前にある画面は英数字の羅列が流れ始めていた。

専門知識を有する人間が見ればこれはこのデータを作成した人間しか知り得ない緊急用回線を使いあたかも本人がデータをこのパソコンから抽出しているような作業が行われており、それはとても人間業とは思えない所業だったがこの場においてそれを知る人間は誰一人として存在しなかった。
とはいえが実質行っていたことといえば建物内に張り巡らされた回線すべてに電流を流し非常事態であるようにパソコンに思い込ませ、ただデータの抽出を促しただけだったが勿論この動きはの雷体質によるものであり、今後彼女以外に出来るものはいないだろう。


「隊長!こいつ嵐隊の新人ですよ!信用なんて」

任せようとしていたスクアーロに対し自分の部下が彼に提言した。お前達がそれを言うのか。そう返してやろうと思ったがそれよりも前に噛み付くようにして「煩い!」と彼女が一喝した。
これまで一環して丁寧な口調だった彼女のその言葉が意外だったのか沈黙が訪れ辺りは彼女の動かすキーボードの音のみになる。
はその手を止めることなく、画面に向かいながら叫ぶ。


「任務を完遂できない、足を引っ張るだけが取り柄の末端如きが隊長に口答えとは何たるか!我々の所属している組織の質を落とすな!」

タンッ。
キーを打ち終えた彼女が漸くスクアーロや彼の後ろに控える雨の部隊たちを振り向くと、その黒色の瞳に怒りを浮かべながら見据えていた。
その彼女の前にある画面には先程のわけのわからない文字の羅列から、データの抽出中というハッキリとした文字が現れていた。それに要する時間、約5分。
ハッと新人達の息を呑む声。


「…面白ェ」

思わず呟いた。時計を見るまでもない。
この女は、データの抽出をおおよそ三分で本当にやり遂げてしまった。そこにあるのは絶対的自信。そしてこのヴァリアーに所属している誇り。どちらもこの組織にいる限り必要なもので、新人には圧倒的に足りていないものだった。
ぞくりぞくりと体の内側から震えるものを感じた。この闘志、この覇気。自分の新人時代を遥かに超える、何か。


「てめえら!死ぬ気でこの女を守れ!怪我のねえやつは退路を!」

俺たちの実力、見せつけてやれ!
士気のあがる彼の吠えに、は笑みを浮かべそして






「で、なんでこいつが怪我してるわけ」
「俺のせいだ」

屋敷に戻るとベルが不機嫌さを隠すことなくこちらを見ており、スクアーロは素直に頭を下げ彼を驚かせることになる。
任務は成功、そして新たに彼女がついでとばかりに出してきた情報はボンゴレに反抗する某マフィアの武器庫の存在。思わぬ大収穫だった。

だというのに、撤退する際大きなトラップにひっかかり危うく建物に全員が生き埋めとなるかと思ったその時広範囲で展開した雷の強大な防御壁に助けられ―――そしてその範囲から漏れた本人が崩れ落ちた瓦礫に直撃したというわけだ。

おぶられて帰ってきた時はベルも驚きを隠せない様子だったが、ただの打撲と疲労による気絶ということがわかるとの枕元に座り彼女の髪を指で弄んだ。


「ベル、てめえまさか」
「ん?」
「…いや、何でもねえ」

この男が一人の女にご執心という噂はかねてから聞いてあった。
何処の店の女かと思っていたがまさか、これがそうなのか。ふるりとスクアーロは首を横に振った。まさか、などという言葉は間違いだろう。何しろ、任務中の彼女の姿を見た雨の部隊全員があの一連の動きで彼女を認め、受け入れてしまったのだから。
そして、


「またな。次の任務も楽しみにしてるぜぇ」

投げ出された白い手に唇を押し付けるとベルの攻撃が来る前に退散した。
面白い女もいるもんだなあ、とスクアーロは楽しげに笑い、そして取り残された王子は先程とは比べ物にならないほど不機嫌な表情を浮かべていた。

類稀なるその資質
、お前しばらく雨の部隊以外で任務な」
「えっ」