新入隊員を多く欠損させたという最悪な形から始まった嵐隊だったが結局のところその大穴は1人の女によって見事埋められた。
部隊ごとの人数差を懸念したスクアーロが追加で募集をするか否かと朝の隊長会議で皆の意見を求めると珍しく参加した嵐の部隊長であるベル自ら不要と断言し、そしてそれに次いで嵐隊の誰もが頷いたという報告をした。ただし、件の女…は嵐隊から異動はしないという条件付きで。



「何でしょう、ベルフェゴール隊長」
「…お前その呼び方どうにかなんねーの」

そんな隊長会議があったとは露知らず。ベルの言葉にはあ、と気の抜けた声を出すに対し大きくため息をついた。

新入隊員を入れて早1ヶ月―の場合は他の人間よりも10日遅れているのだが―が経過している。最初のあの日から睨まれることは無くなったがこの一向に埋まる気配のない距離感に苛立ちを感じ始めていた。
異動の翌日にはあれ程近付けたと思っていたのにそれからは任務を一緒にすることもなく、だが他部隊での合同任務を終えてから定時までは自分の傍に置かせていた。こんな待遇にしておいても彼女は自分の立ち位置に何ら疑問を持つこともなくただ命令どおり、通常通りの業務をこなしているのも気に食わないところの一つだ。

結果として彼女は入隊日に人事部によって評価された点数よりも随分と上回っていることを先の隊長会議で知った。
がこの1ヶ月で、他部隊との合同任務における活躍は5回。内2件がデータベースへのハッキング、2件が人命救助、そしてもう1件は現地で捕まえた敵に対する拷問。
恐ろしいことに彼女は効果的な人の傷付け方をしっかりと理解していたのである。その際見ていたのはレヴィと嵐隊からの新人もう1名だったが報告書によればアオギリの手法さながらという感銘を受けた様子の彼の興奮した様子と、一生生肉が食えない体になるところでしたというある意味生々しい感想が聞けただけに終えた。

が武器も何もなく電撃を使えるということは先日の雨の部隊との合同任務により発覚している。つまり彼女は完全後方支援型ではなく前線でも立派に役割を果たすことが出来るのだ。
一人二役どころか三役も買ってくれそうな彼女の存在にいち早く気付いたスクアーロから直々にXANXUS直属、もしくは雨の部隊への異動の件も提示されたが彼女の耳に届く前にベルが断った。厄介な人間の目に付いてしまったものだ。
このまま他の隊にも言われる前にやはり彼女だけでも先に嵐隊での任務に連れていきたいという気持ちはある。

しかし。


「…他の隊員もそう呼んでいる気がするのですが」

彼女は他人との関わり方が驚くほど下手だ。
それは生真面目すぎる性格の所為なのかもしれないし、あまり他者と付き合ってきていなかったからかもしれない。言外に含ませる言葉なんて読み取れるわけがないのだ。だからこそこうやってベル自ら何かをしたとしても気付く事はない。
先日も雨の部隊の新人が果敢にも彼女を食事に誘い、その意図が分からぬまま誘いを受け勘違いして舞い上がった輩が一人無残にも恋心を散らしたことはまことしやかな噂となって流れている。もちろんその後傷心中の新人にしっかりと釘を差しておくことは忘れなかったが。


「王子とかベルとかさー」
「ダメ」

拒否の声は反射に近かった。思わずついてでた言葉にハッとしたようにすいません、と小さく呟くようにして謝罪の声が聞こえるとベルは楽しげに笑みを浮かべる。


「敬語じゃなかったの怒んねーからさー、もうちょいどうにかなんねーの」
「もうちょい、とは」
「わかんね?俺お前と仲良くやりてーんだって」

そりゃもう色々と、色々な意味で。普通の女であればベルの言動でほぼ気付くだろうにには何も伝わっていないらしい。これだけしても気がつかない鈍さはある意味レヴィに似ているのかもしれないと至極失礼な事を考えた。
そうとも知らないはベルの言葉に対し真面目にふむ、と唸る。思案するように床を見つめたのをいい事に彼女を遠慮なく観察した。日本人特有の艶やかな黒髪は癖もなく流れ、その大きな瞳も闇のような黒をしている。隊服も同種の色合いである為全身が暗闇に投じられれば溶けてしまいそうな女だ。だがその肌は白く、堅く閉じられた唇は赤い。またそこに視線を釘付けにされてしまうのはもう自然の欲求だろうし仕方ない。


ヴァリアーに入ってからろくに女と話したことはなかった。そもそも暗殺部隊という血なまぐさい組織に身を置こうとする女自体が特殊で、圧倒的に少ない。
幼少期からそんな組織に所属しているベルは当然のことだろう。もちろん妾婦でも買い付けに行く時は別として、だ。それに自分よりも年下の、使える人間なんて稀の稀で。

結局なんだかんだと理由はつけたがこの女に惹かれていることは間違いなかった。恐らくきっと、懲罰房で出会ったあの時から。手合わせがてらに電撃を落とされたあの時から。もしかすると履歴書を見た時だったのかもしれない。恋愛なんてめんどくせーと鼻で笑ってきた自分がいわゆる一目惚れをしたのだなんて知られたら馬鹿にされるにちがいない。


「ベル隊長」
「!」

淡々としたの声にハッと意識を戻すと不思議そうな表情を浮かべてこちらを見上げていた。距離が若干近いことだっては何も考えてやいないだろう。これが計算だとしたらとんだ小悪魔だ。


「え、お前今何て」
「ベル隊長。…これが私なりの譲歩です」

だめ、ですか。
小首を傾げる様子に思わず手が出そうになるのも押さえ込みながら、ベルはこの歯痒くも心地良い空間に笑みを浮かべた。


「うん、それでいーや」


縮まらぬ距離と名前
取り敢えず今は、な。