入隊することとなってから月日が過ぎるのがやけに早く、あれから色々な経験が出来ては仕事にやり甲斐を感じていた。嵐隊へ異動になったものの彼らは高ランク任務の実施が多く結局は所属こそ嵐隊・実質は他の部隊の新人を交えた合同任務の後衛、といったところが最近の嵐隊新人組の立ち位置である。別名雑用とも言う。
けれどにとっては今後のためを考えると今のうちに他の部隊の動きやら何やらを学べることは絶好のチャンスでしかなかった。それにこれは自分が幼い頃から教わってきた厳しい訓練に比べれば何ともない。

――結果的に、嵐隊の新人組は各部隊の特色に合わせた多種多様の作戦、現地で色んなことを体験し合同任務であっても色んな場面において結果を残し始めたのだ。
いつでも自分達の、嵐隊の先輩についていけるように。そういった上昇思考の彼らは日々鍛錬を怠らない。負けてはいられないと静かに燃えている日々である。



「何でしょう、ベルフェゴール隊長」
「…お前その呼び方どうにかなんねーの」

そんなの心境の僅かな変化なんて露知らず。今日も自由気侭な隊長殿の意図のわからない疑問にはあ、と返した。
にとってはマイナス10日ではあるが他の新人達が入隊して1ヶ月が過ぎようとしていた。最初のあの日以来、は最初の宣言通り防御壁を彼の前で出すことはすっかりなくなってしまい―ある種これも鍛錬のひとつだったが―最近は寧ろ腕が鈍らないように自室にて自身の特異スキルの修練を行っていることは誰も知らないだろう。

も含む嵐隊の新人組は所属しているはずの嵐隊の任務についていったことはないが不満を覚えたことは無い。帰ってくる度に誰かが負傷し、それでも奪い取った勝利と成功に喜ぶ彼らは自分のことのように誇らしく、だからこそ自分たちもいつでも彼らの中に入っても足を引っ張ることはしたくないと皆が皆燃えているのだ。雷撃隊とはまた違った、いいところだと素直に思う。
そんなも今日は午前中の合同任務を終え定時になるまでベルの執務室にて書類の片付けを手伝っていた。他の新人達は他の任務や雑務に追われていてそれも手伝いたいのも山々だがこの細かい作業は誰もが不得手だろうと納得している。事務作業も立派な仕事の一環だ。

そして山積みとなっていた書類が漸く減ってきた夕方、突然降って湧いた彼のこの言葉だ。どういう意図だろうか。


「…他の隊員もそう呼んでいる気がするのですが」

言語を同じくする彼らなのだから何か分からないことがあれば誠意をもって質問すれば返ってくるものだとは思っている。
なのに目の前のベルフェゴールという人間は何も読めやしないし、何も返ってこない。聞いたところで溜息をつかれるのが常なので若干諦めているところもある。

分からないことといえば先日も雨の部隊の新人がのことを食事に誘い、その彼が先日の任務にて怪我をした時に手当てをした人間だったのでこれは断ると逆に失礼かと誘いを受けたものの夕食を一緒にしながら話をしているうちに段々と彼が意気消沈していったことを思い出した。きっと彼にとって欲しい言葉を自分は汲み取れなかったのだろう。もう一度チャンスをくれないかと後日彼に声をかけたが真っ青な顔をして逃げられてしまった。人間とはかくも難しい生き物だ。


「…王子とかベルとかさー」
「ダメ」

何と恐れ多いことを言ってくるのだこの人は。
反射のように思わずついてでた拒否の言葉にハッとしたようにすいません、と小さく呟くようにして謝罪すると寧ろ楽しそうに近付いてきた。


「敬語じゃなかったの怒んねーからさー、もうちょいどうにかなんねーの」
「もうちょい、とは」
「わかんね?俺お前と仲良くやりてーんだって」

一介の新人に対してフランクすぎやしないかと一瞬眉を潜めたがこれがベルフェゴールという人間なのだろう。最近は分からないことがあればそう思うようにしている。手合わせの時の動きにしろ、話す内容にしろ彼は不思議な事が多すぎるのだ。
それでいて戦闘力は超一流であり、だからこそ過酷な任務を軽々とこなし部下達もそれについていくのだろうと思えばそんな嵐隊の一員として認められている気がして少しだけ嬉しくなる。がしかし彼の望むものは真面目なには何とも難しいもので。
…ならば。


「ベル隊長」
「!」

少しだけその言葉を口に乗せることに苦労したのはが今まで親から受けてきた教育の所為だろう。上司には絶対服従。ヴァリアーの上には絶対服従。がヴァリアーに入隊したいと願った時からしっかりと叩き込まれた言葉だ。それを覆そうとしているのだから仕方ない。もちろんそんな事はベルには関係ないのだが。
折角呼んだというのにどこかぼんやりしているような節が見えてベルを見上げると驚いたようにこちらを見返していた。綺麗な顔だな、とは素直に思ったがそれを口に出来るはずもなく。


「え、お前今何て」
「ベル隊長。…これが私なりの譲歩です」

とは言えこの呼び方だってスクアーロやレヴィが彼を呼んでいるそれであり、今も本人が提示したもののひとつだ。自身が考えたわけでもない。ベル、と呼ぶ彼らは全員幹部で、同僚で。自分は最近入った新人なのだ。身の程は弁えなければならない。

それでも楽しげに笑みを浮かべたベルに対し少しだけ、罪悪感を感じてしまったのも仕方のない事だろう。


「うん、それでいーや」


縮まらぬ距離と名前+α
「で、次に俺はお前のことが知りたいしにも俺のこと知って欲しいんだけど」
「え、私のことですか」
「取り敢えず俺が変な笑い方をし始めた時は近付くなよ。つーかその時は防御壁でも何でもしていーからさ」
「変な…笑い方…」
「しししって今じゃねーよ。まあいつか分かっから」