嵐隊の隊長であるベルフェゴールが風邪をひいたという話はヴァリアー内にすぐに広がった。
元々頑丈に出来ている彼らが体調を崩すなんて滅多となかったというのに、最近は多忙だった為ほぼ休みがなかったことが一番の原因だろう。
任務数は然程多くはなかったが何しろ隊長の意向により難易度が高いものばかりを選んであるというのだから疲労が蓄積されるのは当然の事だ。
幸運なことに暫くは突発的な依頼が無い内は急ぐ仕事もなかったということでリーダーを失った彼らは突然数日の休みを得ることとなった。

ただし達嵐隊の新人は別だ。
未だ嵐隊として参加もしたことのない新米たちはそんな先輩方の恩恵をあやかることもなく、日々他の部隊の後衛として動いている。


「お疲れ
「あ、お疲れ様です!」

新米達の軽口は任務終了後にであれば許される。
今日も今日とて雨の部隊の後衛で問題なく業務をこなしたはスクアーロの解散の号令の後にふぅと息をついた。
最近は何故かベルにより雨の部隊での任務を禁止されていたが今日は特別人手が足りないということで突然他の部隊から引っ張られたという彼女のこの特別な立ち位置に誰も文句を言う者はもう居なかった。以前彼女のことを馬鹿にした同僚達も認めざるを得なかったのだ。雷撃隊からベルフェゴール直々に抜擢されたは確かに有能であることを。

それでいて彼女はその実力に驕ることもなく日々修練を欠かさないというのだから同僚達からは最早男女抜きにして早くも尊敬の眼差しを多々得ていることになっているのだが他人の評価に疎いがそれに気がつくはずもなく。


「そういえばベルフェゴール様が倒れたとか」
「…過労、だと思います」
「あー…嵐隊って俺らよりハードだからなあ」
「だよなあ。スクアーロ様の仕事配分はまだ人間的に何とかなるしな」

無駄な考えは任務には不要。当然のことながらそれは分かっていたので何ら支障はなかったが、いざ任務が終了すると心配が押し寄せた。
昨夜の彼はいつもと違ったことはでもわかっていた。抱きしめられた身体も、繋いだ手の熱さも覚えている。寝かしつけてからすぐに帰ってしまったが、今も苦しんではいないだろうか。もし、何か奇病でもあったならどうしよう。あのままやはり病院に連れていくべきだったのだろうか。

黙ってしまったに何かあったのかと慌てる同僚達の後ろから、スクアーロの大きな声が聞こえてきた。


「帰ったら奴の見舞いにでも行きゃ良いだろうがあ゛」
「でも、私などが」
「……ハァ、これだから」

風を切っての頭にスクアーロの手が降ろされる。
殴られると皆に緊張が走ったがそれは杞憂に終わり、彼女の頭に置かれた彼の手はぽんぽんと軽く叩いただけで。

大声量で容赦なく人斬りをするスクアーロが女の、それもベルフェゴールお気に入りの部下の頭を撫でる。それは雨の部隊の人間からしても衝撃的で誰も反応が出来ず無言が訪れた。


「奴はお前のこと気に入ってんだあ。分かってんだろ?」
「スクアーロ様…」

『敬語じゃなくていーからさ』
『俺お前と仲良くやりてーんだって』


いつかのベルの言葉が蘇る。
確かに彼は最初から気安く話しかけてくれていた気がする。それに、買い物の時にはそれとなく一緒に来てくれたし、深夜スクアーロの部屋に訪れたあの日も心配してもらった。それは自惚れではなかったということなのだろうか。
どちらにせよ上司から気に入られることはこの上なく光栄なことだ。それも、スクアーロにまで言ってもらえているぐらいなのだから間違いないのだろう。


「わかりました!私、お見舞に行ってきます」
「あ、行くなら見舞品でも」
「…雷おこししか思いつかないんですが」
「んなモン売ってるわけねーし逆に怒られるっつーの!ほら、あれとか」

動揺からどうにか抜け出した新米達のアドバイスをひとつひとつ真面目に聞いているを見ながらスクアーロは盛大に溜息をついた。


――俺だって本当は敵に塩を送るような行為はしたかねーけどよ、キレのない動きの程見ていてモヤつくモンはねーんだ。


だとしてもこの様子では今の自分の言葉すらあまりよく理解は出来ていないような気もしないでもない。
何度か任務に連れて行ったこともあれば夜に突然親の持ち物を見せてほしいと懇願しに来たこともあったがは事の外真面目で、それでいて何か一つを思うと遣り通さなければ気がすまないような芯の強さと、猪突猛進なところが見て取れた。

確かに元はレヴィの雷撃隊を望んだことだけはある。アレと、彼女は少し似ている気がする。
人の気持ちに鈍いところまでそうだ。あの時一応男に警戒を持てと説教したつもりだがそれも届いてやいないだろう。確かにこの女には他の人間よりも幾分か好意を抱いているのは否めないが、見ていてまどろっこしい気分になったのも確かで。
だからあの時挑発気味にと親しげにしているところを見せ付けたというのに普段は自由奔放なあの男も今回ばかりはどうも弱気であることが更にモヤつかせた。


――早くしねえと、奪っちまうぞお。

きっと実行はしないだろうが、そう思ってしまうほど彼らの歩みは遅い。
いつの間にか屋敷前で方々に散った彼らを見届けながらスクアーロはもう一度、溜息をついたのだった。


ちぐはぐ感情論
「そういやあいつが寝起き悪いことっては知ってたとおもうかあ?」
「流石に有名すぎるので皆知っていると思いますよ…?」