熱が治ったら改めて彼女に謝らなくては。
王子として云々などというプライドが無い訳では無いがそんなものに気を取られ失ってしまう方が耐えきれないと思えてしまうほどにあの放電女に心を奪われていた。もう、あの喪失感も後悔もしたくはない。
手に入れたいと思ってしまったあの時点で、自分の負けなのだ。

喉元まで出かかった愛などという今まで理解し得なかったその睦言が彼女のために紡がれるのももう時間の問題だろうか。
彼女のことを考えると胸が、具体的な場所の名前はわからないが人の命を奪うために手っ取り早く自分が任務の際、対象者の、人間としての機能を廃止すべく真っ先に潰す心臓の、裏側辺りが大きく震えるのだ。
その震えが自分の指先にまで甘い痺れをやんわりと運び、そしてそれは決して不快ではなく、だが途切れることのないこの感覚は自らが起こしているのかはたまた彼女に浴びせられた電撃が蓄積しているのか最早判断ができないところまで来ていた。

一刻も早くに会いたい。
そう思っていたのに血相を変えて嵐隊の新米が走ってきたのはその日の夜だった。熱も下がりきらぬ彼の耳に届いたものは、


!」

が暴漢に襲われたらしいです」
「たまたま本日オフのレヴィ様が助けたようですが非常に憔悴した様子で部屋にこもったきり…」
「レヴィ様が部屋付近には近づくなと…隊長?ベルフェゴール隊長!!」


階段を駆け下りる。既に人払いがされているらしく付近には誰もいない。確か他の幹部は既に任務だったか。
琴美の部屋の前に着きドアノブを回すも施錠されていた。鍵をかけたことが厄介だ。怯えている状態であろう今、外側から壊すわけには行かない。
扉の向こうには彼女の気配がする。


「…、いるか」
「…っ、べ、るたいちょ」

扉越しにの声が聞こえる。
微かな彼女の声を塞ぐような大きな、不吉な電撃の音も。


「ここ開けろよ」
「っ、私は大丈夫なので…」
「いいから開けろって」

こんな扉、いつもなら蹴破ってしまうのに。初めて彼女を見た、檻から連れ出してしまったあの時のように何も考えることなく。
人を気遣い動けなくなるとはこうも焦れったいものなのか。



「だ、めです」

拒絶の言葉と共にバチッと大きな音が鳴る。
それと同時に何やら焦げ臭い匂いがして扉が力なく開いた。彼女が自力でそれを開けたのではなく放電によりセキュリティロックが壊れたのだが、こればかりは感謝せずにはいられない。
素早く身体を滑り込ませると、彼女は既に扉のそばから部屋の奥に移動していた。隠れていたってぱちぱちという音でわかる。


「隊長、お願いだから近付かないで」

彼女の声は全く震えてはいなかった。強い女だ。
確かに彼女はヴァリアーの元幹部に育てられてきただけあるのだろう。表情を出すこともなく、誰かに助けを求めることもなく。そういえばベルがと関わって以来、表情の変化というものをあまり感じたことはなかった。今もそれは、変わりない。
ただ自分の身を守ろうと部屋の隅で、壁に同化すべく身を寄せていた。
懇願の声はぱちりぱちりという音にかき消されかけながらも聞き取れたが、聞こえてない振りを決め込み。

彼女に初めてナイフを投げた時のあの薄く綺麗で、それでいて何物も寄せ付けない拒絶の壁は今そこにはなく、彼女の乱れた心のままに肌から零れる荒々しい電撃がを包み込んでいた。防御壁が制御できていないとわかる。
触るな、近寄るな、関与するな。そんな心の表れが如実に出ている。


「お前何で1人で外に出てんの」
「…」
「アレは一般人に使わねーようにしてたのか?」

だから、彼女はレヴィに助けられるまで無抵抗だったと?
彼女は私服だった。ベルと買い物に行った時の、あのパステルカラーだ。
一見、確かに彼女はか弱そうで、そして見た目からしてこのイタリアにおいては日本人など格好の餌だ。ひらりひらりとはためくスカートはさぞ暴漢にとっては上等の獲物に見えただろう。

既に暴漢を働こうとした輩はこの世にはいない。しかし自分の手で八つ裂きにしてやりたいと思えるほど、憎らしい。


「答えろよ

身体が熱いのは、熱の所為なのか。それとも思い通りに行かない現状に、苛立っているのだろうか。
両方なのだとは分かっている。
彼女と出会ってからというもの、何ひとつとして上手く物事が運んだためしがない。感情の吐露なんて自分らしくないと理解してはいるというのに。
息が苦しい。何をしているのかと叱咤しながら、それでもに言葉をぶつけるしか、方法を知らなかった自分が一番情けなかった。

デスパレート・ストラグル