どう喚いたところで上司の、更に言うと幹部の命令なんて例え部隊が違ったとしても絶対だ。
あの小憎たらしい嵐部隊の幹部である彼は謹慎が解ける前からを引き抜こうとでも思っていたようで、が受諾の意をすぐに示すと面白くなさそうにの目の前へと一枚の紙切れを翳した。


「部隊、異動届…」
「おまえが嫌がったらこれ見せて無理やり連れていこーとおもったんだけどな」

たかが、紙切れ。されど紙切れだ。
ご丁寧にも本日の日付、名前、そして雷撃隊から嵐部隊への異動の旨、更にはその元上司のレヴィ、ベル、そしてヴァリアーの大ボスであるXANXUSのサインまで直筆で書かれてありある種特例の異動届が準備されていた。


「ししっ何か言いたそうだな?この部屋出るまでは俺の部下じゃねーし言いたいことあったら言ってみ」

レヴィの方を縋り付くような目で見ると困った表情を浮かべていた。
本当はレヴィに対して話したいことも沢山あったのに。彼の下で働くことを夢見て色んな特訓に耐えてきたというのに。


「許されることなら今すぐその紙を破りたいですね」
「へえ?」
「でも仕事です。仕方ないですよね」

強く握り締めた拳を緩め、は口元に笑みを湛えた。
表情は何時如何なる時も一定であらねばならない。


「レヴィ様、貴方の下で働くことが出来ない事はたいへん残念ですが。また戻ってこれた時はどうぞ宜しくお願いします」
「あ、ああ」

それっきり口を閉ざすと今度はベルの方へと目を向けた。


「それでは本日より、お願いします。ベルフェゴール様」
「よろしくー」

頭を下げた先で飛んでくるナイフもあらかじめ展開されてある防御壁によって弾く。
とんでもない上司に当たってしまった。
ベルと共に部屋を出てミーティングルームへと入ると何事かと雷撃隊のメンバーが手を止めてこちらを見た。挨拶でもしてこいよ、と初めて気遣いなるものを受けては同僚へと駆け寄る。

因みに彼らとは謹慎に入る前、つまり嵐部隊の新隊員たちを病院へと送る前に少しだけ話しただけだったが今期において女はだけだったということ、そしてレヴィに対しての誠実さと経緯が言葉尻からでも理解できたとあってにとっては良い同僚達だったのだ。
同じ意志を持つ者同士せっかく出会えたのに離れることになるなんて。哀しそうにしているのは自分だけではないと分かって少しだけ安心した。レヴィの下についている者は、本当に良い人達ばかりなのだと。


「…すいません、今日から嵐部隊へと異動へなりました」
「そ、そっか。ならきっと大丈夫だから!元気だせよ」
「何かあったら話ぐらいは聞けるから。俺たちはお前の味方だからな!」
「ありがとうございます…!」

よく見れば彼らの頬や服には既に何箇所も切り傷のようなものが見て取れて。
恐らくが謹慎を解かれる前に彼らもベルの試験を受けた結果だろう。ただの嫌がらせで自分を選んだわけではないことが今更になって分かった。

最後にもう一度礼をして部屋を出ると、今まで黙っていたベルがおもむろに口を開く。


「つー訳でえ、ようこそ俺の下へ」
「ですから挨拶は先ほ…っ!」

は常に雷を帯びている訳ではない。
彼女の纏う雷の防御壁はあくまでも意思を持って張るものであり、そしてそれはの身体を傷付けようとする攻撃の一切の遮断、そして拒絶。小さい頃は些細なことがきっかけで放電しては家族を困らせていたが今となってはそれも無く。
戦闘時や気を張る人間の前では防御壁を張り、それは今まで両親にですら破られた事は無かった。

先程の、ベルの様子で分かった。彼の動作は不定期すぎて読めない。
上司を傷付けないようにと張っていた防御壁を取り払ったことが彼にはわかったのだろうか。


「っ!」

突然の事に身体が反応できなかった。そんなことは今まで滅多となかったというのに。
振り向いたベルによって壁へと押し付けられ先程までナイフを持っていた右手はの首を掴み。息をすることが辛くなりベルを見上げると楽しそうに口を歪ませている。


「うしし!楽しみだなー明日から」

そう聞こえたと思うとベルの整った顔が視界いっぱいに埋め尽くされ、唇に何か温かいものが触れた。
何事かと目を見開き己の唇を食む彼から離れようと腕を振るうとその手はいとも簡単に捕らえられペロリとその赤い舌で指元を這い、




感電する程度の電撃を新たな部隊長に見舞わせたことだけは覚えている。その後はどうなったかは知らない。そのまま走り去ってしまったのだから。
それでも、それであってもの中に積もる苛立ちは消えない。あんな挨拶あってたまるものか。あんな、屈辱的な、
ぎりりと握り締める手から抑えきれない怒りが雷として放出されていた。何も出来なかった苛立ちと、そしてそれ以上にほんの少しだけ彼の顔に見惚れただなんて自分の矜持が許さなかった。


「…レヴィ様見ててください。は立派な隊員になって、貴方の元に戻ります」

鏡に映る自分は最近滅多に見ることのない殺気を含んでいた。
あまりの苛立ちに強く噛み口の内部を切ってしまったらしい。新たにあてがわれた部屋の洗面台で唾を吐き出すと白の容器は赤で染まった。


無慈悲な宣告と