「…買出しに?」
「俺の雑用込みで」
「拒否権は」
「ねーよ」

入隊してから初めて知ったことだが意外や意外、ベルの率いる嵐隊が一番辞職率が高いのだ。その理由としては任務に支障の出る大怪我、または死亡。

高ランク任務を極度に好むベルについていく下のものは段々と減っていく有様で今回はそれを見越して多めに採用したというのに例の落雷事件により入隊数すら危ういところだったらしい。

だからなのか彼の元に残るものは殆どが古株で、普段から任務に追われ日常生活をのんびりと過ごしている暇すらない。

つまり、日常品等を揃える暇も、ない。

自給自足が主となっているヴァリアーの、特に部隊ごとで生活する場が違う下っ端は何もかもすべてを自分たちがしなくてはならない。
幹部が住まう場所と少し離れたところに下っ端の住まう寮のようなものがある。女性は滅多に入隊しないので知られてはいなかったが、流石に男所帯の生活の場に女をいれることはいくらヴァリアーとてしなかったらしく幹部たちの住まう屋敷の、その一番端の小さな部屋がにあてられた部屋となる。

それであっても離れた場所の先輩の備品などを揃えるのはさほど忙しくない新人の役割だろうとそれはでも理解出来たがそれでも何故幹部であるベルがついて回るかは理解不能だ。


「おはようございます、ベルフェゴール隊長」
「おー」

気乗りしない昨日の様子から嫌がられると思ってはいたが時間より少し早く屋敷の玄関にやってきたを見てベルの口元は弧を描いた。

基本的に任務以外で外に出る時は隊服を着ることは禁じられているので当然2人も私服だ。隊服の時とは違い、ふんわりとしたパステルカラーに膝丈のスカート。
多少化粧も施したのだろう、唇には紅が乗せられておりそれが厄介なことに艶かしく間違いなく数秒、そこに視線をやってしまったのは仕方のない事なのかもしれない。


「…似合ってんじゃん」
「親の趣味です」

あまり人を褒めることもないこともない自分が自然と口をついて出た言葉に己のことながらに驚く。
対する彼女の返事はあっけらかんとしていて、きっぱりと言い切ったことで自分の趣味ではないと言ったところなのだろうがそれでも親が選んだものを褒めてもらったことは嬉しいらしい。ほんのりと笑みを浮かべる彼女は先日ベルを戦闘不能に陥らせた雷撃の女と同一人物だと到底思えない。


「お前何買うつもり?」
「先輩方に聞いてきたものと、後は下着やら動きやすい服やらですね」

開いたメモを覗き見るとなかなか新人に遠慮なく頼みごとをしたらしい。
おそらくのものだろう下着のサイズと思われる数字もその中に自然と混じっていて思わず苦笑した。

あまり自分も人の事をいえた義理ではないが他人にあまりに慣れていなさすぎではないだろうか。周りに関して警戒心があまりにも薄すぎる。それは彼女が無意識に空気を吸うような自然さで張っている防御壁の安心感からくるのかもしれないが。

しかしあれから彼の下についてからというもの、彼女自らベルの前では防御壁を張らないということを明言した。それは決してベルが安心できるからというわけではなく、寧ろ不安だが隊長に怪我を負わすわけにはいかないからと。
それが自分なりの忠誠の方法だと。とことん生真面目な性格のようだ。


――つまり今、ベルが悪戯心を起こして彼女に触れようと思えばその華奢な手に触れられることになるし、その赤い唇を食もうとすれば食める訳で。
とそこまで考えて以前感電させられたことを思い出しそんな欲望は速やかに消え去った。見た目に騙されてはいけない。なかなか凶暴で、芯のある獣なのだ。


「あー、野郎の下着とこれは俺が買ってきてやるよ」
「…助かります」
「んで修理に出した武器の店はお前も今後使うだろうからこれは後から」
「はい」
「じゃー取り敢えず一時間後ぐらいに此処で」

からメモを奪い取り、自分が買う分はさっさとペンで消してみせると元々何を書いてあったか分からなくなったが少しだけ不機嫌そうな顔をしたが敢えて気がつかない振りを続行する。

後な、と更にもう一つペンで消しながら何も知らない少女に忠告した。


「恋人じゃねー男に下着だとか生活用品とかそういうの軽々しくみせねーほうがいいぜ。メモは別にしろ」
「そういうものなのですか」
「ししし。そーいうものです」

サイズは知っちまったけどこれは事故な、と内心での言い訳も欠かさず。
一緒に来たのが他の男じゃなくて良かったと思うが、ふとここで気になる疑問が一つ浮き出てきた。…この無防備さはまさか、


「お前誰かと買い物とか出たことねーの?」
「…親以外は。というよりは私は此処に来るまで両親以外と話す事も無かったので」
「へー、大事にされてたんだな」

もしの立場がベルだったら窮屈で仕方なかっただろう。
ある種少し嫌味もこめていたはずなのに当のには伝わらない。


「色々とありがとうございます、ベルフェゴール様」

自分に対して向けられる笑みは、毒過ぎた。
今この時ほど自分の目が髪によって隠れていることが救いだと思わなかった日は無いだろう。恐らくきっと、今自分はらしくもなく彼女の笑顔に見惚れていたのだから。
それでも態度は崩す事無くに背を向けながら手をひらひらと振り、歩めるほどには、彼は少しだけ大人になってもいた。


―――野郎どもが彼女に頼んだ奴らの下着は際どいものを選ぼう。そしてこの嫌がらせのアダルトショップに行かざるを得ない性的な玩具関連は自分から渡してやろう。それと使う暇すらないくせに大量に注文しているコンドームにも穴を開けておいてやろうか。
そんなことを考えながら歩むベルは、心なしか少しだけ浮き足立っていた。無理やりとった休暇だがこんな日も悪くない。


パステルカラーの事情
ベル直々に透けて見える袋に玩具を渡され、羞恥でいっぱいになりながら―恐ろしい事にこれは皆が一番集まる夕食時に行われた―自分の部屋に逃げ帰るという男として何とも情けない様子を目の当たりにし、に手出しはしまいと新米達が決め込むまで、あと6時間。