は困惑していた。
最初こそ忌々しい上司だと思っていたのにいざ話して、街に繰り出してみると意外や意外驚くほど普通の男だったのだから。そして最初の印象が悪ければ悪いほど、普通なところはプラスに変わり。

必要以上に他人と関わってこなかった彼女にとって、人というものは理解のしがたい生き物であるに変わりは無かった。
良い人だと思っていたら実際は悪い人もいるから気をつけなさい、という父の言葉と、とことん付き合って最後まで知るまで相手は善人だと思いなさいという母の言葉が全てで。
結局どんな極悪人とぶち当たったとしてもの強固な防御壁でどうにかなるだろうという安易な考えが両親にあっただなんてもちろん彼女は知るわけがない。


メモを片手に街を歩むと初めての買い物に戸惑いつつも何だかんだとすぐに終わってしまった。
ヴァリアーの屋敷から近くの街は意外と遠く歩くことも考えていただったが幹部であるベルが一緒に来るということで幹部専用の車を出してもらえた。
最初はイヤイヤだったが大量の買い物をするとわかっていた彼の配慮だったのだろうかと考えると自分の卑屈な考えが浮き彫りになるばかりで恥ずかしい。


「意外と荷物少なくね?」

メモの大半はベルが消してしまったので何だかよくわからなかったが代わりに買ってくれたのでこの1時間はほぼ自分の必要なものを揃えるだけになってしまった。
おそらく1人でここへ来ていたならば先輩達の買い物に未だ苦戦中だろう。


「いえ、大分揃えられました。ありがとうございます」
「ふーん」
「わっ、」

突然腕を握られ反射的に展開される防御壁がパチリとベルの手を拒絶しようと大きな音を鳴らしたがそれよりも早く歩き始められ意識は彼の背中へ。
幸い少し驚いた程度であった為、街中で自分の特異な技を披露することも上司を失神させることも免れたがそれでも瞬間的に電撃は彼へ伝達された筈だ。

ついでに腕をつかまれた際、極めて自然にの持っていた荷物を奪い取られ自分の手元には買った下着や服の軽い袋のみになり何もかもが自分の思っていた人間と違い色々と恥ずかしくなってきてしまった。
小さくつぶやくように「すいません」と声を掛けるとベルはいつも通りの笑みを浮かべている。


「王子頑丈だし気にしねーの」

彼の一人称だろうか。ぱちくりと目を見開いた。
先程の謝罪に対しては色々な意味を含めていたが彼はどうやら電撃を浴びせられたことだけと捉えたらしい。以前から思っていたが彼は雷撃に対して耐性があるようにも見える。先程無意識でも当ててしまった威力はにとっては何でもないが、一般人だと痛みに悶えるレベルであることはこれまで培ってきた経験上分かっていた。
これが幼少期から自らヴァリアーに志願し幹部クラスへとのし上がったという天才と名高いベルフェゴールという人間なのか。王子というはなしは初めて聞いた訳だが。


「…王子なんですか」
「だから俺のことそー呼んでもいいんだぜ」

少し考えた後、は「お断りします」と静かに返す。少しだけムッとした様子が見て取れたが気にせず彼女は言葉を続けた。


「私は王子様に仕えている家来じゃないですよ、ベルフェゴール隊長。あなた個人の実力で入隊されたヴァリアーの部隊長です。あなたが王子様でも、私にとっては唯一の嵐隊の隊長です」

言い過ぎだろうか。非礼だっただろうか。少しは話をあわせて王子様というべきだっただろうか。そんな事を考えたものの一度発言したものを撤回なんてできるわけもなく。
不安そうにベルを見返すと、の言葉に一瞬ポカンとしていた彼は「そっか」と満足気に笑みを浮かべ、その笑みにも釣られたように破顔し。


「しししっお前、おもしれーじゃん」

今日1日で随分と、互いにとって変化はあった気がする。
車の中でこくりこくりと船を漕ぐを横目で見ながらベルは腕を伸ばし自分の肩へと引き寄せると眠気には抗えなかったのか「すいません」と呂律が回らない様子で謝罪しそのまま静かになってしまった。







屋敷につく数分前に揺り起こすと青ざめた様子で何度も謝るにベルはとうとう笑いを堪えることができなかった。生真面目もここまでくるとむしろ清々しい。


「お前、これ」
「…」

だがしかし現実と彼女はそこまで甘くない。
気分も良く、が遠慮するにも関わらず部屋へと購入した荷物を運んでいると机に並べられたものが目に入り眉を顰める。

彼女の机に並べられていたのはたくさんの参考書。

曰く、
絶対に上司とうまくいくやっておくべき10の事、パワハラ職場と戦うために、
セクハラの対応の仕方、スムーズな退職の仕方、退職届の書き方。転職のためのノウハウ

―――等々。あまり宜しくない内容の本が机の上に積まれていて、まさかという思いでを見やった。
自分の元へ来るのが嫌で退職を?手放すつもりはサラサラないが意志は確認しなければならない。はそんなベルの心中なんて気付いていないだろう、「ああ」と何でもないように返した。


「異動になった時、思わず退職された先輩の部屋からいだいてきたんですけど」
「…」
「でも不要になったみたいです」

そう言って机の前に立つと本を片付け始め紙袋の中へと入れる。どうやら返すつもりらしい。
辞めた奴のものだし捨てちまえばいいのに。そんな事を思いながら目の前で動く黒髪を見ているとふわりと柔らかな匂いを運ぶ。シャンプーの香りだろうか。


「言い損ねましたがベルフェゴール隊長」
「ん?」
「此処はいい職場ですし、ベルフェゴール隊長もいい人だってわかりましたし先日はちゃんとした挨拶も出来ませんでしたが。
いずれ私はレヴィ様の右腕になりますが、不束者ですがその時までどうぞ宜しくお願いします」

この場でそれを言うのか。
そういえば彼女の入隊目的も、希望もレヴィ絡みだったなと忘れていたことを思い出す。


「精々強くなれよ」
「はい」

本当に、これは面白い。ゆっくりとした動作での頭に手を乗せ、撫でてやるとほんの少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべ。
…抱きしめたくなる衝動に駆られたが如何せん彼女に三度目の雷撃を食らわせられるのは御免被りたい。


聞いてく……ってうわぁあ失礼しましたー!」

バタンッ!
大きく扉が開いたと思うとすぐさま誰かがこの様子を見てリターンしたのが分かった。聞いたことのない若々しい男の声だ。あまりの素早さと驚きにベルですら相手の顔を見ることはできなかった。


「…今のは」
「ああ、雷撃隊の皆様がいつも任務後、ご報告しにきてくれるんです」

ありがたいんですけどノックをしないのが玉に瑕なんですよね。今度から皆にきちんと言っておきます。
大して困っていなさそうなの部屋に頑丈な鍵が設置されたことは言うまでもない。

休 戦 タ イ ム