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例の学ラン事件から、早くも二日が経過した。
その翌日は絶対に捕まえてやると意気込んだ雲雀を嘲笑うかのように平和な日常が待ち受けていただけで。
草壁に八つ当たりしながらもどうにか仕事を終えて応接室で休んでたというのに。
突然ノックもなくドアが開き、誰かが仕事の結局報告を持ってきたのかと思って話しかけるのを待っていたのに。「え」なんて聞き覚えのあるその声にまさかと視線を送れば、


「会いたかったよ、偽者」

キョトンとした自分の姿なんて見たくもなかったんだけどね、と待ちに待った犯人の出現にトンファーを相手の頭をめがけて振り下ろした。





最初の1振り目をかわされたのは偶然だと思った。
それなのに会話を交わしながら2度、3度と避けられれば楽しげに笑みが浮かんでしまうのは本能に近い。この人間は、出来る。それにトンファーだって使えるのだったらまさに自分自身と戦っているような気にもなる。これはいい玩具かもしれない。
が最終的に本気を出してもに対し目立った攻撃を当てられなかった事は、それがの運も含めた実力だったのだろう。

愛用のトンファーが細部まで模倣されて、しかも構えだって自分のそれと酷似していて。
顔も、背も、声も。
まるで、鏡を見ているようだと思ったけれどはとにかくよく喋った。

それでも煩いと手を出さなかったのはの話している内容があまりにも突拍子無く、だがしかしそれを信じなければ納得のできない不可思議なことだったからだろう。
その中で分かったことといえば、と自分やほかの人間との見え方や聞こえ方に歪みができていること、だった。


「例えば、僕は一人称が僕だ」
「…僕は僕だね」
「あーーーもう!これすら伝わらないのか」

ガシガシと苛立ちを隠しきれない様子では頭をかく。
自分の顔ながらこんな表情豊かにしているのはますます気持ちが悪い。そして悩んだ様子を見せたと思えば雲雀の目の前にある鉛筆を手に持ち手元にある紙にすらすらと何かを記入する。
自分に見えやすいよう向きを変えたその紙に書かれていたものは、


「…『私』?」
「そう!君にはそれが僕に聞こえているんだけど『僕』は何度も『僕』って言っているわけだ」

その都度、私の文字を力強く指さす。

―――つまりは。
半信半疑に、目の前の人物に問う。


「君は…女な訳?」
「そう見えないのが不思議で仕方ないんだよ…」

馬鹿にしているのかと見返すと、やっぱり分からないのかと気を落とすは演技しているようには到底見えず。

曰く、は女で。
一人称も「私」と発言しているつもりが周りからすればそれが何故か雲雀の一人称である「僕」に聞こえ、
更に声も、から聞こえる自分の声は確かに女のものだというのに周りからは本人の声のように聞こえ、
とどめに趣味である男装をしているだけだというのに周りからは雲雀恭弥本人だと認識されるぐらい本人ソックリ、だという。
嘘をついているようには見えず、困り果てているのはわかるが。


「君が困ってる事に関しては本当に本当に申し訳ないと思ってる。けど、自分がどうしてここにいるのか、どうやったら元の場所に帰られるか分からないんだ」
「別に僕には関係ないんだけどね」
「いうと思った。勿論、頼る気はないから気にしないで」
「…」

自分の姿で、本当にべらべらとよく喋る。
言いたいことを言い切ってしまったのかふらりと立ち上がる
そのまま雲雀のことを見ることもなく立ち去ろうとするの後ろ姿に何処へ行くつもりだと声をかけると


「…その姿で誰のところへ行くって?」
「あっ」
「……」

ここまで自然な会話をしておいて何だったが、引っかかることがあった。
このという人間のいう事をもし全面的に信じるとしても、だ。少なくともこの並盛の事も知らないままに此処へやってきたとして、馴染みすぎてはいないかと。

例えば自分の姿を真似するにしても自分の事を知らなければ当然出来ない。
例えば獄寺に頼りにいくとしても雲雀の事をこれほどまでに気をかけるということは雲雀と獄寺、もしくは雲雀の周辺の人的環境を知っていたのではないかと。


何も説明してはいないというのに、何故識っている。
この人間は何を知っている。

それでも本人は恐ろしいほどに無意識だったので今は伝えたところで無駄だと胸中で抑えられたのだがこのまま動かれると困ることだってある。
いくら中身が違うと言っても、第三者から見れば完全に雲雀の姿だ。先日もたらされた彼の部下からの謎の委員長最高コールだってまだ消えてはないというのに。

そんな状態であの草食動物の前に、頼るだって?
周りからの評価など格段気にしたこともないが、これ以上混乱を誘うのは極力避けたい。


「だめ、かな」

何故か前にいる自分と同じ顔の人間が他人に見えなくなってきた。
否、見た目は自分そっくりなのだから完全に他人とは言い難いのだけど。
だから、仕方ないのだと自分にか言い聞かせるしかなかった。


「僕の家に来なよ」

これが、最善策だと信じて。
驚きに目を見開く自分の顔は、自分の顔ながらひどく滑稽だなと思った。




「…ワオ」

思わず口笛をひとつ。
を家に呼んだはいいものの、早速怪奇現象が起こってしまった。

今年に入ってあまりにも忙しく時間が惜しいと考えアパートの空き室を特権で1つ借りていなければ思いつかなかっただろう。
自分の領域に他人を入れたくはなかったが見た目は雲雀自身で間違いない。「お邪魔します」と頼りない声に呆れながら、雲雀の寝泊りしている部屋をにと思い振り返ればが触ってもいないのにバタンと閉まる扉。

一瞬だけ見えたドアの向こうは自分の部屋では考えられないピンク色で、閉まった瞬間に見えたその扉は自分の見知ったものではなく…根拠もなくそこがの部屋なのだとわかった。
ドアの外には部屋の名前を示すプレートがぶら下がっており何かと目を凝らす前、瞬きをしている一瞬でいつもの雲雀の部屋の扉へと戻ったのだ。


「”でざいなーずるーむ”、か」

動体視力はずば抜けて良い雲雀が読み取れたのはの部屋のドアにぶら下がっていたプレートに掛かれていたものだった。お世辞にもネーミングセンスがいいとは言えない。
想像はついたがドアを開けばそこはいつもの雲雀の部屋で、当然というべきなのかの姿はない。


「これは一体どういうマジックかい?」

玄関にきっちりと揃えられているのは今しがた雲雀自身が脱いだ革靴。
そして、の分。
先程まで同じものが二足並んでいたというのに…雲雀の靴の隣に並んでいたのは一回り小さな赤色のパンプスだった。