16

よく分からない不可思議な事件から、早くも一週間が過ぎた。いや、そもそもあれは事件だったかどうかも疑問であったが。
沢田綱吉は振り返る。

――あの時、俺が怪我をしなければ。

雲雀の姿をしたに手当を受けた包帯をじっと見つめて、ため息をつく。


「…何も無いままならいいんだけど」

保健室でに会ったあの日に比べると周りはほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
翌日であれば風紀委員の体格の良い男達がツンデレバンザイ!と訳の分からない吠え方をしては雲雀にぶちのめされ、
あの風紀委員長が副委員長に背負われ保健室へと向かった話をしていると何処からともなく青い顔をした草壁が現れ、その話はもう止めてくださいと頭を下げてくる始末。

風紀委員はさておき、それ以外においては少しずつ戻りつつある平穏にようやくく安堵の表情が生まれるも沢田の隣にいる獄寺だけは腑に落ちないと言った表情を浮かべていた。


「あいつ、何者だったんですかね」
「俺だって知りたいぐらいだけど…悪い人じゃないと思うんだ」
「怪我したツナを手当してくれてんだから悪いヤツじゃないのは確かだろうなあ」
「…」
「わぁ獄寺くん屋上は駄目!たんま!」

山本の言葉にあの時の事を思い出したのか黙ってダイナマイトに火を灯そうとした獄寺に対して静止をかけた瞬間だった。


―――クス。
そんな沢田たちのやり取りを見て口元を緩ませた人間がいた。
獄寺に見られたら攻撃対象になってしまうなあと思いながらその人物を見つめる、と。


…誰、だっけ。
見覚えのない生徒だ。
そもそもあまり女子と話すこともないしきっとクラスメイトか、よくすれ違うようなその類の人なのだろう。
名前も思い浮かばないのがその証拠だ。


「お前、何見てんだ!」
「ご、獄寺くん…!」

そんな沢田の視線に気がついたのか早速威嚇を始めた獄寺に少し驚いた表情を浮かべた少女はペコリと礼をして屋上を後にした。
通り過ぎた横顔を見ても、やはり記憶にない。黒髪に、黒縁の眼鏡。おさげの髪なんていまどき珍しい古風な人間だった。


「ったく、何だあれ。感じ悪い奴」
「いやいや今のは女子が怖がってただろ?」
「ああ?10代目にもしもの事があったらどうすんだ!」

後ろで山本と獄寺が話すのを聞きながらさっきの少女のことを思い出すように心掛けたがついに名前が浮かぶ事はなかった。なのにどうしてこうも、気にかかってしまうのだろう。
そう思ったのと、身体が自然と教室の方に向いてしまったのが同時だった。


「あっ、10代目!」
「ツナ?」

突如として走り出した沢田の背中にかかる声も、今は放っておいて。
階段の踊り場のところで彼女はまだゆっくりと歩いていた。息を切らした沢田の姿が見えたのだろう何事かとクリクリとした大きな目を瞬かせる。
やっぱり、見覚えはない、のに。


「きっ、君のなま、…」
「…」

君の名前は!
ろくに話せてもいない沢田の言葉に気がついたのか、彼女は思案するようにそのたおやかな指を口元に持っていって、
やや赤みのある薄い唇がとても楽しそうに引き上げられるのがやけに艶めかしくとても印象的だった。
そうしてにこやかに少女は名乗った。


「押切、です」

ちなみにクラスメイトだからね。



(俺には京子ちゃんがいるのに…っていやいや俺何考えてんの!)