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服装の乱れは心の乱れである、だなんて誰が言い始めたのかわからないがあながち間違いではないと思う。
朝の服装チェックの為に校門に立った雲雀は名前を控えるためのクリップボードで欠伸を噛み殺した。

不定期に行うこれで名前が数度載ってしまうようならば問答無用で注意対象だ。
とはいってもこの人の一番多い時間帯だと多少甘くなってしまうチェックの補佐するのが雲雀の役割であり、委員長の前に配置された哀れな風紀委員は洩れのないように目を光らせていた。
ちなみに彼は先日の委員長コールで先陣を切っていた一人である。


「お、おはようございます!」
「…」

自分にかけられる挨拶も殆ど聞こえてはいない。
最近あまり身体を動かす事もないし、よく目にする問題児3名…沢田達に少し吹っ掛けてやろうと思う程度に雲雀は退屈していた。

…というのに。

二宮金次郎宜しく、分厚い本を手に読み歩きをしている女子生徒を発見した。
遠目からみても危なっかしい歩み方で、最近の学生らしからぬ歩き携帯ではないことには多少褒めてやろうという気にも起きるがもしも誰かとぶつかったりして問題になってはたまらないし、何よりその帯からは学校図書の印が見えた。


「君、」
「…はい?」

雲雀が動いた事により、周りの学生や風紀委員が一斉に反応する。
自分が獲物にされるのではないかと怯えた学生達は一目散に走り出し、その集団の中にいるブラックリスト者を追いかけ他の風紀委員も去っていった。

ものの数秒で校門前には女子生徒と雲雀だけになるが両者共に気にした様子はない。
不思議そうな顔をした生徒は雲雀を何事かと見返していた。


「1年生だね。本は座って読むべきだ。その本は学校のものであって君のものじゃない」
「ああ…すいません。以後気をつけます」

大人しくその場で鞄を開き手に持つ分厚い本、『並盛の歴史』なる謎めいた歴史書を片付ける。
雲雀も図書室にはよく通っては本を読みあさる時期もあったがそんな本に興味を示した人間なんて見たことがない。並盛に関して興味を持つことは好ましいが、どうやら毛並みの変わった人種はまだこの学校にはいるらしい。

服装を見ても何ら問題もないのでまたすぐに忘れてしまうだろう。そんな生徒だった。
ある程度の人間は見たことがあるが、名札を見てもあの問題児連中のクラスという事ぐらいしか記憶には、ない。


「あの、」

思い出すかのように黙りこくる雲雀に恐る恐る声をかける女子生徒。
なかなか勇気もあるようだと関心した。
いや、自分の噂なんて、並盛の歴史に比べれば小さいものかと思いながら目の前の女子生徒を観察する。
黒縁の眼鏡に、黒髪のおさげ。文学少女というのはまさにこの子みたいなんだろうと誰もが思うに違いない。


「君、名前は」
「…押切です」
「そう。今度から気をつけて」
「はい、すいませんでした」

クリップボードに名前を記入しながらマニュアル通りの注意を適当に述べると礼儀正しく頭を下げ、自分の目の前を過ぎ去る。
そうしてすぐに興味が失せ、次にやって来るだろう生徒の方へと視線をやろうとすると、


―――ふわり。

すれ違いざまもう一度彼女の顔を見て念の為覚えておこうと思った程度だったのに雲雀の鼻腔を擽るその香りに思わず手が反応した。
油断しきった押切のその細い腕を掴みこちらに引っ張ると、驚きに目を見開く少女の姿。
彼は、くつりと笑ってその耳元で囁く。



「見つけた」