19

平和な日常を送っていた私の前に突然、それも強制的に提示された道は2つだ。
ひとつは潔く認めること。そしてもうひとつはとことんしらばっくれること。
…だとしても、私はこんな何故か確信しきった雲雀の前で演技しきれるほど役者ではないしもしもこれすら嘘であるとバレた時どうなってしまうかなんて考えると出来るだけ痛い目には合いたくない。

短い人生だった。観念して、私は両手をあげた。


「…降参です」



連行された哀れな被害者としてすれ違う生徒全員から可哀想にという眼差しを受けながら、何故か応接室に連れ去られた私はまたも軽く胃が痛むのを感じることになる。
…その年で社会人にプレッシャー与えるのっておかしくない?


「で、君は今度こそ君なのかい?」
「そんな訳ないでしょ。これもウィッグ」
「へぇ」

とことん変装好きな人間って思われていることだろうなと考えると何とも言い訳も出来ず結局私はいくつも年下の子に頭が上がらない状態だった。

いやしかし驚くことなかれ、この世界に来てからというものこのウィッグ、私の頭にぴったりくっついてしまって取れることがない。
アニメみたいにポロッと外れてウィッグネットを晒すような醜態には陥らないのは良いけど、そんなんじゃなくて完全に自分の髪の毛となってしまったのだ。こればっかりは流石に怖い。私の髪の毛どこいった。
…というかもしこれ元の世界に戻れるようになったら私の本来の毛は戻ってくるんだろうか。いやいや怖い。何も考えたくない。


「ああそうだ、すっかり遅くなっちゃったけど私お礼を言いたくて」
「…何」
「あの家、あれから使わせてもらっているから。この世界に来て分からないことだらけで混乱しっぱなしだったけど、何とかやっていけているの」

そう、すっかりと忘れていた。
人付き合いには感謝とお礼の心を忘れるな、だ。
そもそも私は彼らからしたら異端者で、敵かもしれなくて。そんな中でも、例えどう思っていたとしても私に家を提供してくれるだなんて私の世界ではそう有り得ることじゃない。
ある程度は漫画の世界だからと言っても侮っちゃいけないし何より彼らに失礼である。
本当ならばこの世界にやってきたらまずは彼に挨拶をと思ったのだけど意外と彼に会う機会というものはなく、だから今日声をかけられた偶然はものすごく驚いた。


「君、あれから何日学校に通ってるの」
「ええっと、…確か…1週間ぐらい?」

確認の意味を込めて応接室に飾ってある富士山の立派な写真があるカレンダーを見ながら答えるとその隙に雲雀は棚からするりと何かのファイルを取り出す。


「押切。身長155センチ、体重45キロ。病弱で入学式も来ずに休学。確かに一週間前から漸く登校、…か」
「えっそれもしかしてこの子の情報?」
「まあね」

残念ながらこっちからは何も見えないので隣に座って覗き見る。
そこまでびっしりと書かれてはいないけれど、最低限どんな学生生活を送っているのかとか書いてあってこれってある意味プライバシーの侵害に当たるんじゃ…とまで思ったけど別に細かいことはいいか。
月毎に何日遅刻、登校なんか書かれていてまるで会社の出退勤カードを見ている気分にもなる。
でも、それよりも気になったのは


「これが、押切か」

学生証の写真が貼られてある。
揃った前髪に、黒縁の眼鏡。入学当初の写真なのだろうか。緊張しているのが目に見えてわかってとても微笑ましい。
頬にうっすらとソバカスのあるこの子が今私が成り代わっている、その子なのね。


「つまり、雲雀には私がこう見えているってこと?」
「そういう事だね」
「私とは全然、違うんだけどなあ…」
「僕の姿でいられるよりは全然いいんじゃない」
「…仰る通りで」

因みに私の背は前回の会社で行われた健康診断で165を記録しているけれどあまりこういった情報はあんまり吹き込まない方がいいか。
難しいことを考えるのは止めにして、新たにもらったデータを脳内に書き留めると丁度授業開始のチャイムが鳴った。


「教室に戻らなきゃ」
「ああ、そうだ
「ん?」
「君のこと、誰か知っているの?」
「雲雀の姿の時に獄寺には話したことあるけど、今の押切が私だってことはまだかなあ」

内緒だよ、と言外に告げると雲雀はその方がいいと頷いた。
きっと私の折角この世界に来たんだからリボーンの世界を味わいたいしあわよくば自分の知っているシーンを彼らの近くで生で見ておきたい!とかいう邪な考えとは別物に周りが混乱しないようにとか思っているんだろうなあ。
純粋な思いを踏みにじるようで大変心苦しいけれど、このまま利用させてもらおう。


「あ、あと」
「…まだ何かあるの」
「今度お礼でもさせて!ご飯ぐらいしか今何も出来ないけどさ。ほんとにありがと!」

面倒くさそうな顔から一転。
初めて嬉しそうな顔を見た私は上機嫌で教室に向かったのだった。


(やっぱり男の子だもんねー。胃袋満たしてあげるのが一番だわ!)
(あれ、何が好物なんだろ…)