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学生時代、こんな長い廊下のド真ん中を歩いたことあったっけ。
無かったなあ、本を読みながら静かに誰ともぶつからないように端っこを歩いてたなあ。
遅れるついでに並盛の歴史本を返して今度はこの辺の地図を借りた。たまには通学路以外も歩いてみたいもんね!

仕事が始まってからというもの、通勤、仕事、帰宅、就寝で一日終わってしまっていたから学生のこの時間を有意義に使わないと。
足取り軽く、鼻歌まで歌いたい気分にもなったけど他はもう授業中だ。

小さくドアを開き、目の前にある私の机に滑り込むとふぅと一息ついた。
まだ担任の先生は来ていないと思ったら幸運にも黒板には自習と大きく書かれている。


「寝坊かよだらしねーな」
「早くには来たんだけど、風紀委員に捕まっちゃったんだよね」

隣に座るや否やすぐに茶化してくる獄寺に困ったような顔で答えると凄まじく同情の目を向けられて、ああ雲雀は他の皆とこんな関係を築いてきたんだなあって。
まだ彼らにとっては怖い風紀委員長っていうだけだもんね、確か。

後から少し仲良くというか連携をとって戦っていた気がするけれどまだまだ先の話。
そうよね、彼が突然手を繋いでさあ仲良くしようなんていい始めたらとんでもないことになってしまう。


「まあお前ドジそうだもんな」
「あはは…」

隣の席の人とこんなふうに話すこともなかったなあとまで考えて私の学生時代何の未練もなかったけどこういうこともしておきたかったなとかしんみり感じたり。
逸らすように笑うと面白くなかったのかまた獄寺は前を向き、私も同じように前を向いて教室を全体的に見渡した。
1−A教室、片隅の廊下側が私、押切の席だ。一番見晴らしがよくて気に入っている。


「ツナー。今日帰りにバッティングセンターに寄って帰ろうぜ!」
「うるせー10代目に危険なことさせてたまるか!」
「まあまあ。俺もちょっとやってみたかったし獄寺くんもいこうよ」
「うっ、十代目がそういうなら…」

3人のやり取りをみて、ニヤリと口元を緩めた。
…これよこれ、これが見たかったの!
思わずだらしなく笑ってしまいようになる口元を一生懸命引き締めながら視界の端で彼らを観察。生きててよかった!

私が望むのは、付かず離れず。
何故か雲雀には早速バレてしまったけれど彼はきっと口が硬いし必要以上にコンタクトを取ってくることもない。
今の心境はというと一言、最高である。ああやばいちょっと今すぐコスプレの友達に連絡したい。


「…ヒッ、あ、お、押切さんノートありがと」
「いいえ、どういたしまして」

いかんいかん、前の席の子にニヤついた顔を見せてしまった。
慌てて取り繕いながら返されたノートを受け取って、私はそのノートに記入された名前を改めて見ながら今の状況を顧みる。


「(…正直、博打だった、よなあ)」

雲雀の姿から部屋へと戻った私は、相変わらず部屋の外が見知った風景じゃないことに絶望しながら3度目のこの世界へ渡って、平穏に生きる方法を考えた。
コスプレをしていない姿だったら成人だし色々と不味いんじゃないかとかリアルな事を考えて学生服へと袖を通し。黒のウィッグ、そして伊達眼鏡を着用していざ並盛へ!

ちょうど1週間前の放課後。
職員室へ向かったところ声をかけられ私の名前を理解した。


『押切

それが、この世界に与えられた私の名前だった。
因みにこの押切の登録されている住所は確かに存在したけれど、その家庭には1人男の子がいるだけで私は存在していなかった。

それでも誰も気が付かないのだから一種の催眠状態なのか、はたまたこの世界はアバウトに出来ているのか。どちらにせよ私にとっては都合が良かった。


「お前それ何見てんだ」
「地図」
「…楽しいか?」
「まあ、それなりに」

車の運転は流石にここじゃ出来ないし、自転車も勿論持ってきていない。つまり、ここでの移動方法は徒歩。
わーすごい痩せそう。辛い。