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変な女がやってきた、というのが雲雀が彼女に対して抱いた印象で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
実力もまだ未確定とはいえ少しは出来るようだし、決して他人と馴れ合うタイプではなく、加えて料理も出来る。
本来ならば風紀委員にでも適当に加入させて下僕として扱ってやろうというところなのだが今回は違った。


「ん…」

寝返りを打ったの気配で意識が浮上した。
家主に地べたで寝かせるわけにはいかないとベッドを譲られ現在は自分がベッド、が下の布団で寝ている。
時刻は朝の4時。まだまだ外は暗く、鳥の囀りすら聞こえない。

上体を起こして、を見下げる。
異世界から来た女という事だがどこをどう見ても普通の人間と違いない。

がしかし強い女だと、思う。
突然他所の世界からやって来たというのにこの落ち着き、そしてあっという間に目立つことなく馴染んでしまう順応性、時々見える細かい気配り。
戦闘における力はさておき、トータルしても普通の女ではないことはなんとなく分かった。本人が一般人だと強調したとしても、だ。


――それでも、この変な女が欲しいと。

初めて彼女と話した時、何の脈絡もなくそう思った。
勿論それは雲雀の一番理解し難い男女のそれではなく、ただ便利なものとして。
きっとの本体がどういう見栄えでも、男であったとしてもこの気持ちに変わりはないのだろうと思っている。


「それでも、君の姿が少しだけ気になるのは」

何でだろうねと呟く言葉は誰も聞いていない。
手を伸ばすと触れられるサラリと艶のある髪の毛すら本人のものではないという。
本人の意思であっても本当の姿を見せることが出来ないなんて何と不思議な事なのだろう。

髪から手を離し微睡んでいると視界の端で何かが光ったのがわかった。


「携帯、か」

自分が触れても動かぬあの厄介な機械。
規則的に震えており、恐らくメールか何かだろうか。
何にせよこんな時間に連絡を寄越すのだからろくなものではない。
鳴り止まないそれと、起きる気配のないに溜息をつくとベッドから抜け出して携帯を持ち上げた。


「馬鹿じゃないの」

アラームだった。何でこんな朝早い時間に。
恨みがましい視線を本人に送るも依然として惰眠を貪っている様子に少しだけ腹が立ち、目の前に座り込んで頬を抓った。


「…うぅ」

やがて細く目が開いたかと思うとすぐに閉じようとする瞼。
今度は少し頬を叩き揺り起こす。


「アラーム、消して」
「ああ…ごめん」

もごもごと言ったが確かにそう聞こえた。
雲雀が携帯を差し出すとのろのろと布団から手を出して画面に触れる。それは、いわゆる所のスマートフォンというものだったが雲雀は知る由もなく。
ボタンがないのに軽やかに何かを打ち込むと騒がしい音が消え、力尽きたかのようにもまた眠りに落ちた。
何と器用な。これで今まで遅刻してきたに違いない。


「……」

未だ光る携帯を見るもやがて省電力モードに切り替わり画面が真っ黒になるのを確認するまでの数分間。
ジッと見つめた後布団に潜り込むと仄かにの香りがして、今度こそ雲雀は押し寄せてくる眠気に身を委ねた。


風紀委員に入れないのも、校内で自分と知り合いではないように徹底しているのも、彼女は何も考えていないに違いない。
だから教えてはあげないのだ。

―――周りに見せて、目立たせるなんて勿体無い。
花が咲きほころんでから彼女の存在に漸くして気付く者も現れるだろうが今は未だ、誰も気付かず育てば良い。
この、よくわからない人間は自分のものだと、そんな独占欲を抱いていることなんて、きっと彼女は何も気付く訳はないのだ。



「え、ちょっと待ってなんで隣で寝てるの?!」
「…うるさい」
「あ、はい、スイマセン」