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きゃーきゃーと黄色い声が聞こえてきて何かと思って振り返ればどうも良い記録を誰かが出したらしい。
主に煩いのが体育会系女子で、一人の女を皆で囲っていた。


「すげーなまた押切らしいぜ」
「ほんっと見た目によらねえよなぁ」

少し離れて立っていたクラスの男子達も何事かと一人が女子側に走って歓声の原因である情報にざわついている中、獄寺は女子に囲まれたの姿を遠目から見ていた。
また、お前なのか。
普段無表情なあれが皆に見られているとも知らずに笑顔なのを見ると何故だか胸の奥が痛むものを感じながら、それでも彼はの事を見続けた。



1年も間もなく終わりの時にやってきた押切は最初こそ大人しく、ただあの焼きそばパンの件さえなければ獄寺も話しかけることすらなかった。
そしてそのまま進級して2年に上がれば完全に知らないまま、他人として終える筈だった。
なのに突然、物静かに生きていた彼女は突如としてめきめきとその存在感を周りにアピールするかのごとく目立つ存在となっている。

勉学は今まで休んできたにも関わらずクラスで1、2を獄寺と争うほどで、それだけではなく驚くことに運動神経も抜群。
それでも女子以外には無愛想で周りを遮断するような雰囲気が全てを台無しにして遠巻きに見られているという有様で、今皆の前で遠慮なく晒されている彼女の笑顔は一体どうすれば見れるものなのだろうと早くも顔を赤く染める男子生徒も居て非常に面白くない。


「…っなんだよ」

もちろん、獄寺が隣町である黒曜での手をとり逃げ出した時は年齢相応の表情が見て取れたのだが。
二面性があるのか、はたまた人見知りタイプなのか。


「やっぱ凄いよなあ、押切さん」
「あんなヤツ、10代目の足元にも及びませんよ!」
「いやいや…」
「ボンゴレの紅一点ってのも悪くねーな」
「リボーンさん!」

突然沢田の肩の上に家庭教師であるリボーンの出現し、思わずゲッと口に出てしまった。
あの未だにマフィアとは何のことかよく理解もしていない山本ですら何となく入れておくかな的なニュアンスでボンゴレに入れられたのだ。
も恐らく興味さえ持たせたら呆気なく入ってしまう。

この前他校の連中に絡まれても全く怯えた様子すらなかった彼女の事だ。
どうなるかは目に見えてわかっている。分かりすぎている。


「ツナ、アイツを勧誘しろ」
「えー!」
「俺の勘だが、押切は使えるぞ」

沢田に止める力が無い事は重々承知していた。
何時もはボンゴレに一般人を入れるなんてと自分は怒り狂っているだろうが、今回は同じ反対でも理由は別の所にあった。意を決して、最強のヒットマンに対し口を開く。


「リボーンさん!俺は反対です」
「理由を言え」
「…特に長所もなさそうですし、ただ運動神経がいいだけじゃ…!」
「土台があるなら何だって持たせることだって出来る。山本みたいにな」

今日ばかりはこのヒットマンの言葉を跳ね除ける、語彙力が欲しいと思った。
だがしかしいつも沢田とリボーンに対しては肯定の言葉ばかりを選んできた獄寺に上手い言葉が見つかる訳もなく。


「俺は、あいつを危ない目に合わせたくない、です」
「!そうだよリボーン。彼女は一般人なんだ!それに女の子だし…」

自分でも驚くほどインパクトの無い、何ともありきたりで、情けない理由だった。
だがこの言葉に嘘偽りはなく。

あの陽気で、不思議な女を危ない目に合わせたくないという理由が一番大きいだけで。その次のあまり目立たせたくはないという理由は次点なだけで。

それでも沢田の後押しもあり、一瞬リボーンはニヤリと笑みを浮かべたかと思うとあっさりと引き下がった。
ああこれで避けられたのだとホッと一息ついた、そんな時だった。


「危ない!」

誰かの、悲鳴に似た叫び声が聞こえて大きく振り向くと、運動場に置いてある移動可能のバスケットゴールが突風に煽られて転倒しようとしているところだった。
その先には先程と変わらずと女子生徒の姿が見える。
何をするにも間に合うことはなく、次いでゴールが完全に傾く。



―――ゴォンッ


考えることより足が先に動いた。
人を掻き分け、中心へ向かうとそこには二人の女子生徒が地面に倒れていて。


「…っう」
ちゃん!大丈夫?!」
「うん、平気平気。ごめんね、京子ちゃん。突き飛ばしちゃって」

バスケットゴールが倒れた場所は幸いにも人は居なかったが笹川京子が直撃しそうになったところをが突き飛ばし最悪の事態は防がれた、ということだった。
しかし京子は突き飛ばされたことにより手の平に擦り傷、は明らかに足首が青く腫らしていて思わず獄寺はに向かって歩む。


「おらよ」
「あ、ありがと」

手を出すと意図が汲めたのかは獄寺の手に掴まり素直に礼を言うと、二人三脚の要領で保健室へ向かった。


「……一般人、ねえ」

リボーンの意味深な呟きが、耳に残った。