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保健室にズカズカと入り込むとこんな日に限ってシャマルの姿が見えず思わず舌打ちした。
いや、あいつがいた方が何かと面倒だし一応だって性別上は女であることには変わりないしややこしい事にならない方がいいか。
そんな本人が聞けば憤慨するであろう事を思いながら獄寺はソファへを座らせた。


「…座れるか?」
「うん、まあ…なんとか」

白い足に似合わない青紫へと変色してしまった足首に湿布を貼り付けるとは顔をしかめ、獄寺は改めて彼女の痛々しく腫れたその怪我を見た。
素人見立てだが恐らく治るのに暫くの日数を要することぐらいは分かる。

そうだ、と獄寺は自分に言い聞かせた。
わざわざこんな痛い思いをして友人を庇って負傷したのだ。誰かに見せつける為に怪我をするような、そんな人間には思えないし本当にただの一般人に違いないだろう。

獄寺はの事故当時の動きを見てはいなかったが、人が近くに居たにも関わらず誰も目立った怪我もせず突然のアクシデントに対応出来るなんてよっぽどの強運か、はたまたとんでもない反射神経なのか、それともそもそもこの事故が事前から予測できていたことなのかの3択だろうと通常なら考える。

けれど一番最後のは相当綿密に組まれたものでないと成功することもないし誰にもメリットはない。そして強運の線も有り得ないだろうとは薄々感じていて、だからこそリボーンは疑いの目を持ってはいたし理解も出来る。

それでも、と思ってしまうのは何故なのだろう。
どうして自分がこの人間を庇おうとしてしまうのか。自分でも、分からない。


「本当には危なっかしいな」
「あはは…でもあの天使ちゃんに大きな怪我がなくて本当に良かった」
「…」
「ん?」

一瞬言葉に詰まったが友人の呼び方ぐらいは自由だろう。
若干変わっているところを除けばやっぱり普通の人間、だとは獄寺は思う。何と言ってもやはり自分の崇拝する沢田の、あの直観力を持ってしても特に見出されるものがなかったのだから。
そんな、疑いの眼差しを方々から受けているとは露知らずはヘラリと笑う。


「あ、でも名前呼びしてくれててちょっと嬉しい。仲良くなったみたいだね!」
「お前が呼べつったからだろ!」
「あはは、そうだった。ありがとね、隼人くん」

不覚にもカッと顔が赤くなるのが自分でもわかり、後ろを振り向いた。
これは別に恥ずかしくなったとかそういうのじゃなくてそんな呼ばれ方をした事がなかったから驚いただけで。


「君付けは、気持ち悪い」

それだけ何とか返して、何かしら言葉を言われる前にとっとと立ち去ろうとドアを開けると今度は京子が沢田と共にやって来た。
残念ながらここで退散とはいかず。
京子は駆け寄っての隣へと座る。


ちゃん、大丈夫?ごめんね、私がトロいばっかりに…」
「全然大丈夫だよこんな怪我。京子ちゃんを突き飛ばした事の方が私は辛くって…」

それはまさに、女の友情という所だろうか。
が若干赤面しているような気もしないでもないが、いやいや恋愛は自由だから獄寺踏まえ誰もが口出しできる訳もない。
沢田にいたっては京子を見つめながら鼻の下を伸ばしているものだから何も気付くこともない。


「隼人、水と消毒液と絆創膏とって」
「…ったく」

この中で誰が一番重症かだなんてに決まっているのに、それでも京子の面倒を見ようとするのだから器としてもそこそこ大きいのではないだろうか。
先程は若干取り乱したが素直にの言う事を聞く獄寺も、獄寺自身驚いていた。
あまり語彙力に富んでいる訳でもないので言葉に非常に表しにくいが、沢田の隣にいる時に感じるようなそんな安堵感みたいなものを少しだけ感じ、やけに心地いいことは認めざるを得なかった。

薬箱と水を受け取ると、手馴れた様子で京子の擦り傷に「ちょっと染みるよー」って声をかけて。
まるで本当の保健医みたいなそのやり取りと手際の良さに思わず、獄寺は見入って。


「じゃー、これで終わったし帰ろうか」

最後に、薬箱から包帯を取り出して自分の足に貼ってある湿布が落ちないように器用に巻き上げるとはにこやかに笑った。
そう言えばもう体育の授業は一番最後で、恐らくもうクラスメイトも帰っていることだろう。時間なんて気にしなくてもいいのだ。


「沢田も、京子ちゃんをちゃんと連れて帰るんだよー」
「押切さんありがとう!」
「どう致しまして」


――――ちょっと、待て。

ここまで、何とも自然な流れで見逃してきたが何か違和感がなかっただろうか。

いつぞやで見覚えがなかっただろうか?


笹川京子への、あの迅速な対応は?
の足に巻かれた、あの包帯の様子は?


―――『僕の名前は。もしも覚めなかったら、よろしくね』



「…10代目!ちょっとこいつ借ります!」

機嫌よくヒョコヒョコと廊下を歩くの細い腕を掴んで、獄寺は既に廊下に出た沢田に告げると保健室のドアを勢いよく閉めた。




「…わー何かデジャヴ」
「ツナ君?」
「ううん、何でもいいや。いこっか」