29

「…隼人?」

怪訝そうな顔をしたが獄寺を見返すが、それどころではない。
一番近くに居たっていうのに何故今まで気が付かなかったのだ。いや、これまでだって考え付かなかった訳ではない。でも、もしかしたら、そんな否定的な言葉の方が多かったそれだけの事だ。
根拠の無い「何となく」で答えを導き出すことは苦手だし、適当な判断で変な事を口走って、相手に失望されたり避けられるのも癪で、
それが獄寺に今以上彼女に詰めることを良しとしていなかった。


「お前は、だな?」
「?うん、私は、です」

自分のことを言いくるめた雲雀もどきのあの煩かった””という人間とこの目の前にいるが同一人物だという可能性もゼロではないという事で獄寺の中で保留事項として鎮座することになった。
それだけでも獄寺の中にあった沢山あった内の疑問のひとつは解決の方向に向かっていく。

雲雀の姿をしたに会いたいという気持ちは、いつの間にか生み出されていた。それは勿論、彼の仕えるべき人間である沢田にすら言ってもいないこと。
決して恋愛じみたようなそんな感情は含まれておらず、ただただあの不安そうな顔をしていた人間が今無事にいるかどうか知りたいだけのこと。

そして、


「(こいつ、は…は、)」

目の前にいる押切という存在はいつの間にか、獄寺の荷物置き机の女から傷付けたくない人間へと変貌していた。

贔屓目に見ても結構変わっているところも、勿論本人は知らないとは言えマフィア所属の自分相手にも怯えることはない肝の据わったところも、惹きつける要因のひとつだ。
黙りこくってしまった獄寺を横目には変なの、と笑う。


「あ、そう言えば山本がね。体育の前にお花見を誘ってくれたんだけど」
「…」

あいつ、いつの間に。
寧ろ自分達の中で、一番と接点があるのが獄寺自身だと思っていただけにその言葉は衝撃的で。
が最近やけに体育会系の部活の人間に声をかけられているのは知っていたがしもしかしてその中には野球部も…いやいや女は流石に部員勧誘はないだろう。
とそんな事より引っかかるのは、


「…花見?」
「うん。何か、面白い連中ばっかりだし、隼人も沢田も来るからどうかなーって言ってくれててさ」

確かに先程、体育が始まる前に花見でもどうかと言われて二つ返事で返した記憶はある。
だがその面子に勿論が入るということは誰も言ってはいなかったし、そうでなくても花見の面々といえばボンゴレに関わる人間も来る訳で。

この楽観的な性格だ、恐らくが気に入られることは間違いないし、マフィアごっこの一環みたいに思ってあの中の一員に加わってしまうことなんて容易に想像できた。つまり先程リボーンに向けた言葉は結局無駄に終わることになってしまう。

そんな事を思いながらもの方を見て言葉の続きを促す。


「行きたいのは山々なんだけど、迷惑かけそうだしさ。
山本の連絡先も知らないし沢田にも言い損なったし、悪いけど隼人から断ってもらっていいかな?」
「…えっ」
「何よー意外そうに」
「いや、だってよ」
「流石に初対面の人もいそうな中に、怪我してる状態で行けるわけないでしょ」

少しだけ、押切という人間をほんの少しだけ見直した。
当たり前といわれれば当たり前なのだろうが、それでも例えば自分だったら少し無理をしてでも行っただろうし、例えばクラスの人気者である山本に誘われたのがクラスの他の女子ならまた違った答えだったんだろうなと漠然と思う。


「ま、すぐ治るだろうし桜が散るまでに治ったら連れてってよ」
「…仕方ねえな」
「ありがと。じゃ、京子ちゃんが心配してくれてたし、いこっか」
「…ああ」
「ほらほら、早く肩貸して」

安心のような、少しだけ残念なような複雑な気分になりながら、に腕を伸ばされ獄寺も大人しく肩を貸してからはたと気付く。

勿論先程までは自分達のクラスは体育だ。
走った後のはハーフパンツに半袖。勿論男女別の体操服ではないので獄寺も同様の格好であり、あの時はそれよりもの怪我で一杯だったがこれはもしかしなくても…


「…っ」

密着しすぎ、じゃないか。
一歩一歩歩く度にの体重が若干こっちにかかってくるのも、少し寄りかかってくるのも、手が触れるのも、…気が付けばチラリとの横顔を上から眺めていた。

普段かけている黒い縁のある眼鏡は体育では邪魔だということで教室に置いてきたらしくいつものとは少し違って見えた。この年の少女というものはこういったものひとつでここまで変わるものなのだろうか。
怪我をして痛みを堪えているのだろう険しく潜められた眉も、引きつらせた薄い唇も、何とも艶かしく見えて思わずゴクリと生唾を飲む。


「…何よ、もしかして重いからって怒ってる?」
「怒ってねーよ!」
「あらそ」

若干の下心で見られているとは露知らず、は獄寺を見上げた。
どうやら自分は、彼女に出会ってからというもの振り回されてばっかりのようだ。


「ありがとね」

の笑顔に、ほんの少し鼓動が高鳴ったのだけは、どうしても認めたくないが、事実だった。




「そういえばリボーン。どうして押切さんをファミリーに入れるの諦めたんだ?」
「何だお前、やっぱり入れてほしかったのか?」
「いや、ないないない!絶対ない!」
「…ツナと違って獄寺はボンゴレの外部に恋人がいた方が色々と捗るんじゃねえかと思ってな」
「!え、獄寺くんってば何時の間に」
(押切か。少し、調べてみるか…)