03

「まだどこか痛みますか?」

身軽に私を背負いながら廊下を走り保健室と書いた部屋に直行。
すっかり私はこの現場の様子に飲み込まれていた。例のドッキリ番組ではなく、もしかしたら本当にドラマの撮影をしているのかもしれない。本物の学生さんたちを起用しているみたいで、皆が皆若々しい。
いや私だって学生時代はウン年前にあって青春を謳歌していた訳だけど彼らの発するエネルギッシュさは怪我人の私には少し眩すぎる。

あー私にだってこんな若い時があったんだよなーってリーゼント君の背中に揺られながら皆が引きつった顔でこっちを見ているのを何となく見ていたけど途中から恥ずかしくなってリーゼント君の背中に顔を埋めた。ビクンッと反応し、さっきよりもスピードを早めるリーゼント君。
…やっぱり私の怪我ってそんな重傷なのだろうか。


「これ、ありがとう」

保健室と書かれた部屋に入るとすぐにベッドに座らせてもらって肩にかけていた学ランを彼に返す。
私には少し大きいぐらいだったしきっとこの子のものなんだと思ったのに、リーゼント君は口から葉っぱを落として私を凝視した。


「!やはり、頭をどこか強く…」
「…ああ、確かに階段から落ちてそこから記憶が無いんだけど」

それで、ここはどこですか、なんて聞く前に私は肩をつかまれて彼にのぞき込まれた。
わざわざおんぶしてくれたり、こんなに親身に心配してくれたりお父さんみたいな人だなあ、という私の感想は他所にリーゼント君は私を布団の中に押し込んだ。


「暫く安静にしてください。仕事は俺達がやっておきます」
「ああ、うん。悪いね」

その剣幕に驚きながら適当に返事をするとシャッとカーテンが閉められて、扉も閉じる音。

誰かの声もなくこの部屋に1人だと分かって深く息をついた。なんだこれは。どの番組の撮影で、ここは一体どこなの。
そして私の努力の結晶である衣装はどこにいったの。


「…はぁ」

痛みが引いたらとりあえず此処から出て、病院に連れて行ってもらおう。
そうおもいながら痛みと格闘していたら不意にガラリと扉が開く音がして男の子数名の声が聞こえてきた。

ガヤガヤときた子達はやいのやいのと言いながら薬棚を開けている。


「コレっすかね〜」
「いやそれじゃないだろ流石に。」
「痛い痛い痛い!」

どうやら怪我をした子の手当に来たんだろうけど、瓶を漁っている音がガチャンガチャンとうるさくて仕方ない。
ああもう、ゆっくり寝かせてもくれないのかと私は苛立ちを隠すことなくカーテンを開けた。


「何してるの」

どちらかというと顔を覚えるのは苦手だけどイベント通いで鍛え抜いたコミュニケーション能力は伊達じゃないと自分でも思っている。

イベント前日にはその会場に行く予定の人をチェックしてみたり…は若干ストーカー紛いとは言われるけれどそういったこともしていたし、
好きなジャンルのコスプレをしている人に出会えたらカメラを片手に走って名刺交換して仲良くなったりだとかそれはもはや特技といってよかった。

人見知りもしなければ人と仲良くなれるのも早い自負はある。けど、ポカンと口を開いて指をさされるような悪事はやってきていない筈、だった。…うん。多分。


「おま、おまっ」
「…なかなか派手に擦りむいたね」

ジャラジャラと装飾物を沢山腰に提げた、いかにも不良っぽい灰色の髪の子が他にも言いたそうに大声で話すのを無視して、ソファに腰掛ける茶髪の彼に声をかける。

彼の細くて白い膝はなかなか酷かった。
擦り傷に切り傷。私もよくサッカーの授業でスライディングした時はこんな傷もつけたっけ。
しかし年頃の少年とは言え綺麗な足をしているわね。なんて、ちょっと変態じみた感想も漏らしそうだったけれどそこはちゃんと口をキリリと引き締めて。


「そこに座って」
「あ、はい」

ビクビクと怯えちゃって子犬みたいな子だ。
最近の若い子はコミュニケーション能力が欠けているってニュースで見た事がある気がするけれどまさにそうなのだろう。私と視線が合わない。避けられている。

それにしても…何だろうこの子、どこかで見たことのあるような、無いような。
女の子みたいな可愛らしい目をしてるしきっと友達のコスプレイヤーさんか、それとも芸能関係に疎い私でも知ってるような役者さんなのかしら。後でサイン貰お。

1割の下心と残り全て善良な心で手当てをしてあげようとすると、子犬くんの前に不良少年が立ち塞がる。
何よ私のこと悪人みたいな扱いをしちゃって!


「お前に指図される筋合いはない!」
「別に君に用はないよ」
「なっ」

言い返されると思わなかったのだろうか。
仕方が無いなあ、と思いながら彼の間違いを指摘する。


「大体君が要領悪いからこっちが体調不良の中やってあげるんでしょ。君の持っているものは確かに消毒液だけど、泥だらけの状態でそんなのぶっかけたって砂に入ってるバイ菌は取れやしない。
とりあえず、そこの子の傷を更に悪化させたくなければそれを寄越して、ちょっと黙って」
「ぐっ」

少し大人びた感じの子だけれどきっとまだ子供だ。
役者ばっかりしてるから一般常識的なのはきっとないに違いないしきっとただ単に彼が茶髪の子の面倒を見たかったのだろう。
間に入った黒髪の男の子はどうしていいものだか私と彼を見比べるばかり。そんな子相手にちょっと大人気ないけれど仕方ないと自分に言い聞かせる。

不良君から消毒液を奪い取ると、傷を水で洗い流して、少し染みるよーって宣言しながらそっとかけて。
絆創膏をつけて、まあ一応念の為と上から包帯を巻いて、はいオシマイ。
包帯に関しては何度もコスプレの為に練習して見栄えもバッチリできるようになったんだから本当この趣味って生活面にもいい影響があるわねえ。


「あ、ありがとうございます!」
「いえいえどういたしまして」

深々とお辞儀をする茶髪の子はたいへん可愛らしい。
大人しく付き添ってる黒髪の爽やかな少年も一緒になってお礼を言ってくるし、すごく気分もいい。


「次は怪我しないように気をつけてね」
「はい!」

黒髪の男の子に支えられながら歩く茶髪の彼は笑顔で扉を閉める瞬間もう一度私に向かってお礼をした。



「ありがとうございます雲雀さん!」


な ん で す と。

聞き捨てならない言葉に頭が痛いことなんて忘れて、一番手前にいた不良少年の腕を引いて「この子借りるね」と二人に告げ、
保健室の扉をこれでもかというぐらい強い力で閉めた。



脳内整理する時間をください。