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『足、やっぱり痛いや』
『満開の間に早く治しなよ』
『私も願ってる。治ったら花見連れてってね』
『…仕方ないな』


の珍しく残念そうな表情も見られたし、そんな朝からのやり取りに心穏やかな気持ちでやって来たというのに最悪な午前中になってしまった。
そもそもがこの場にいない事が悪い。これを機に風紀委員の前で堂々と彼女の存在を知らしめてしまって校内でも何も言わせないようにする手筈であったのだが例の怪我で歩く事も厳しいようで断られてしまった。
この時点でもう既に今日の花見自体正直どうでも良く感じてしまった位だったというのに、そんな計画が台無しになった上に。苛々が募る。

沢田綱吉ですら咬み殺し損ねた挙句他人の前で膝を付くということは雲雀の矜持を甚く傷つけた。
更に何故かそれから理由も分からず足取りも重く、まるで熱があるみたいにフラフラする。こんな状態で家に帰る事は難しく思われた。


「仕方が無い」

怪我をしているのところに今の状態で行くのは気が引けるが緊急事態だ。
ポケットの中に鍵が入ってあることを確認し行き先を変更するとほんの少しだけ足が軽くなった気がした。



「えっ、恭弥どうしたの!花見は?」

案の定と言うべきか、自分だって怪我をしているというのに雲雀の姿を見るやいなや走り寄る。まだ肌寒いというのに部屋着が薄手の半袖に短パンという出で立ちですらりとした細い足に僅かに目を細めたが今はそれどころではなかった。
視界が回っている以外大したことは無いが如何せんまっすぐ歩くことすら困難で、よくこれでこの家まで来れたのだと自分のことながら感心する。


「熱…は無いみたいだね。気分はどう?」
「最悪」
「休みの日だから病院も開いてないし、寝る?」
「…そうするよ」

の冷たい手が心地よい。
この具合の悪さに便乗して彼女の細い肩に頭をすり寄せると思った通りは何の抵抗もなく腕を回し雲雀の後頭部を優しく撫でた。心配をかけさせてしまったことに若干良心が痛むが今日は許してもらおう。

午前中は確かに最低なことばかりだったがその見返りがこれだと思えば、悪くは無い。
布団に入った雲雀はの手を握ったまま眠りに落ちた。





目を覚ますと頭の痛みが引いていることにほっとしたが、いつの間にか離れていた手が少し不満で己の手を黙ってたっぷり数秒見ていた。
今後はあの小さな手を捉え続ける手段を考えなければならない。


「……」
「あ、れもう起きちゃった?」

自分の分の食事を終えたのだろう、リビングへ向かうと雲雀の分も律儀に作ってくれていたようで雲雀の席には既に夕食がズラリと並んでいた。
結局一日中世話になってしまった事に礼を言おうと彼女の姿を探すと窓辺に椅子を移動させた外を見ていたの姿。
そして、彼女の手に持つものは


「……それ」
「…」

会話をしながら自然と隠そうとしたものの雲雀の目を誤魔化すことなどできるわけはなかった。
もちろん雲雀は口にしたこともないが親戚の集まりの時には数本見かけるその缶はビールであることに間違いはないだろう。ノンアルコールであっても10代の人間が手にするのはよろしくない。
それに年齢で言えば押切は中学生に値し雲雀の年下に当たる筈だ。それに対して当然のように言及しようとして、そこではたと気付く。

そんな。まさか。
驚きに目が見開いた。


「…君幾つなの?」
「…」

女性に年齢を聞くのは、なんて思ってもいられなかった。そしてその問いに直ぐ答えることの出来なかった意味も何となく察してしまって。

中学生として今まで一緒にすごしてきたのだから同年代だなんて誰が決めたのだろう。
もちろん義務教育であるのだから本来はそうである筈だが、彼女がイレギュラーな存在だとどうして今の今まで思わなかったのだろう。

彼女のその落ち着きも、年の割にはだなんて思ってきたけれど、もしも年上だったら?

当たり前のようには自分より年下で、だからこうも危機感なく男と一緒の部屋に寝起きを共に出来ていたものだと思っていたのに、
実際は自分よりも年上で子供扱いされているだけだっただなんて全くもって、笑えない。

何も話して来なかったに悪いところはないが話してくれなかった事に苛立ちはする。強く睨みつけるといつもと様子が違うことに気付いたのか僅かに怯えの表情が見えた。



「…23」

名前を呼ぶと諦めたのか年齢と思われる数字のみを伝え隠し持ったビールの残りを呷る。
酒臭さに思わず眉をしかめながらの足元を見ると既に空になった空き缶が2本、と他のアルコールの瓶も見えた。ただの晩酌にしては結構飲んでいるようだった。


「どうやって買ったの」
「…家から」
「ふうん」

急降下で機嫌が悪くなっていったのが自分でも分かる。全然、面白くない。
この落ち着きだって、この余裕だって、それから雲雀に対する母親じみた包容力だって、結局自分は彼女にとって年下の子供だと思われていたからこそと分かると何とも言えない気持ちになる。
そして、ただのそれだけの…彼女が年上だからということに驚いただけではなく、相手にされていなかったということにショックを受けている自分自身に、一番驚いていた。


「…怒ってるの?」
「何が」
「だって顔、怖いし」

だって悪気があった訳ではないぐらい雲雀にもわかる。
よくよく考えれば彼女から言われずともあらゆる所に年上である要素は見つけられたというのに。
一人暮らしに慣れたような感じも、それから彼女の趣味という服飾関係のこともある程度金銭に余裕がなければ出来る訳がなかった。

今まで一緒に過ごしてきた日々を思い返すと我ながら情けなくなってくる。これでは、ただ自分が我侭な子供だと思われただけじゃないかと。

ならば、もう我慢なんて不要じゃないかと。


「…ねえ。お酒って美味しいの?」
「駄目だよ、20になってから!」

まだ早いよと手にしたビールを隠すようにするに口端をあげながら近付く。今彼女の足では早く動けない事が少しだけ都合がいい。
椅子に座ったまま雲雀に飲ませまいと自分の体の後ろにビールを隠しながら壁に背を預けるその動作すらも都合が良く、
片手は彼女が逃れぬよう後ろの壁に手をつき、開いた手は無防備な彼女の頬に手を添え。


「…え」

まだ小学生上がりにこの気持ちなんて分かりっこないと成長を見届ける気持ちがあったのは事実で、そうでないのであれば我慢するつもりなんて毛頭ない。
どちらにせよ年上であることに好都合であることは違いない。

例え、その見た目が幼かったとしても、だ。


「…

目を見開く彼女にゆっくりと近付きその酒気を帯びた唇に己のそれを重ねた。
触れるだけの口付けに、彼女はさあ何を思うか。

目を丸くしているの柔らかい感触から離れるのが惜しい。
わざとリップ音を鳴らして何が起こったかを分かるようにして顔を少し離せば、金魚のように口をパクパクと開閉させ見たことのないぐらい赤面していて。


?」
「今のは、狡い」
「ごめん」
「謝るのはもっと狡い」

バカ、ずるい、反則だと、軽い愚痴を零しながら両手で顔を覆う彼女の姿に、また深みにゆるゆると嵌っていくのを感じながら雲雀は微笑んだ。