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何度も何度も思い返したって昨夜の記憶はなかなか埋まらない。
もう私は絶対彼の前で酒は飲まない。そして会社の飲み会も気を付ける。
そんな事を考えながら、私は恭弥の言う通り朝食を作っていましたとさ。トホホ。


「…まあ、そうなる、よねえ」

起きてからリビングへ向かうと昨夜の酒の飲み後が綺麗に並んでいて昨夜の私の記憶紛失の原因が鎮座していて思わず顔が引きつった。ビール3本、チューハイ2本。それとこの前友達にいただいたシャンパンと、小さなサイズのワイン。間違いなく過去最大に呑んだ上に色んな種類のものを一気に飲んだことで昨夜の惨劇―もちろん私は覚えていない―が起きてしまったのだろう。

冷蔵庫をあけて残りの本数を数えてみるとどうやら持ってきたアルコール類をほぼ飲み干してしまったらしい。
恭弥の前で嘔吐するような真似をしなくてよかったと思いながら、換気のためにカーテンと窓を開けると此処から見える桜にホゥと息をついた。花見は行けなかったけれど、桜が綺麗なのが遠目からでもわかった。

本当なら昨日は隼人達のお花見に行けたんだろうな…それに恭弥も誘ってくれたのに。あ、でも恭弥は昨日帰ってくるのが早かったな。気分も悪そうだったし。


「ごはんできたよ」
「うん」

恭弥が大人しくご飯を食べている合間に私専用の丸椅子をベランダに置いて一人花見。ええもちろん飲み物はお水ですよ本当に。
因みにお皿も、コップも用意も私用の分は用意したんだけど椅子とかは流石に高くて止めておいた。ありがたい事に持ってきたお金もクレジットカードも使えたけれど、カードばかりはきっとアウトだということで未だ使用はしていない。

何となく携帯を取り出して、カメラでシャッターを切った。
相変わらず携帯は充電のみを要し、カメラ以外の仕事を果たそうとはしない。全くもって困った機械だけどそれでもカメラの役割はしっかりと機能しているようで撮れた写真は流石に美しい。


「風邪ひくよ」
「…そんなやわじゃないよ」
「そうだね」

食べ終わった恭弥がいつの間にか後ろにやってきていてまだ薄着の私に対して一応声をかけてくれたけれど何とも失礼な事を返してくる辺り小憎たらしい。

ベランダから見えるのは近くの公園にある桜はここから見るとピンクの絨毯に見えてなかなか良い。
夜桜もなかなかよかったけれど、夜は何だか寒いのも相俟って寂しくなってしまうしやっぱり昼間見るのが一番だなあ。ひらりひらりとたまに桜の花びらが風にのってベランダへと飛んでくるのもまた綺麗だ。


ぼんやりと見ているうちに、しばらく私の後ろで静かに立っていたはずの恭弥が突然私の肩に頭を下ろした。
今朝の件もあってビクンと自分の体が跳ねる。
けれど私の肩にすり寄せられた恭弥の額の熱さに私は驚いて振り返った。彼の顔はまた少し、赤くなっている。


「もしかしてまた調子が…」
「かもしれない」
「中、入ろうか」
「うん」

素直に頷く恭弥の頭を撫でてから椅子を持ち上げる。ふらふらで顔色の悪い恭弥は辛そうな顔をして私を見返す。昨日の、部屋に来た時と同じだ。
椅子を定位置にさっさと置いてまだベランダのところで気持ち悪そうに寄りかかっている恭弥のところへ戻る。
風邪をこじらして入院したことのある設定とかは覚えているけど、どうして、こんなまた突然に。さっきまで調子は戻っていたようだったのに。


「…大丈夫?」
「子供扱いしないで」
「子供だとは思ったことないってば…これ以外どうしていいのかわかんないんだもの」

今日だって日曜日で近くには病院がないことは私の足の怪我の時に調べたからよく知っている。弱々しく振り払われた手を逆に掴んだ。
いつも冷えている手は心無しか少しだけ温かくて逆に不安だ。

医療関係の知識なんて何にも持ってなくて、ただ恭弥の背中を撫でているだけしかできなくて本当に情けなくなってきている中ふわりと私の視界に何かが映った。


――――ひらりひらりと舞う、桜の花弁が。



「っ」

恭弥の綺麗な手が、私の肩に触れる。
いつもより少し低い彼の声に驚きながら見上げると、気持ち悪さにだろう顔を赤らめたまま何時になく真面目な顔でこちらを見ていて一瞬息が詰まった。

こんな恭弥の顔を、私は見た事が、ない。
そうは思いつつも彼の遥か後ろに見える桜を呆然としてみていると視線が合わないことが不満だったのか今度は頬に手が添えられ目がしっかりと合ってしまった。

その青灰色の瞳に射抜かれたように動けなくなった私へと、近付く彼の顔。

唇が、触れた。