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「遅刻するよ」
「…あと、三分」
「仕方ないな」

昨日干した毛布が温かくて気持ちよくて心地良すぎて寝坊したことは入社してから1度だけある。
あの時は確か真っ青になったし一生そんなことするものか、なあんて思っていたけど学生だったら少しぐらいなら許されるかもしれない。
そんな甘えたことを思いながら恭弥の言葉に返事をすると、毛布が一層私を包み込んだ気がして…気が、して。


「恭弥」
「何」
「……だから勝手に、入っちゃダメって言ってるでしょ!!」

絶叫、だった。
目を開けたら制服姿の恭弥が私の目の前にいて、というよりは布団に入り込んできていて腕枕をされている状態。
何事かと目を見張れば「おはよう」と額に柔らかいものが当たったりして、もう何だか、とても、頭がクラクラします…。


「(っ心臓に、悪すぎなんだよなあ…)」

強烈なこの朝のやり取りは実はもう件の日から結構な頻度で行われていて、私が怒鳴ることもある意味日課となっていた。
あれからもう何日だろう、少なくても数日は経過し、その度に私はぎゃいぎゃいと騒いでいる始末。

毎日恭弥はこの家にいる訳ではない。
ここはあくまでも彼が風紀委員の仕事が忙しいときに使っている仮の住まいに過ぎず、もちろん普段の恭弥は家に帰り、家から学校へ行く。
それなのに朝早くに鍵を開けて布団に入り込むのだからどうしようもない。
そして泊まっていく時は私はリビングに布団を運んで寝ているというのに、部屋のベッドで寝ている筈の恭弥がやっぱり朝には私の布団の中で一緒にすやすやと眠っているという有様だった。

最初こそドギマギして心臓が辛かったけれど私は案外頑丈に出来ているようで耐性は若干積まれた気がする。
今日も今日とてマイペースな風紀委員長様は私の作った朝食に手をつけて、玄関へ向かった。早く行くとか何だか言ってたっけ。
寝間着のまま恭弥を玄関先まで見送ることも何だかんだ習慣になってしまっているのが恐ろしい。


「今週1週間は天気悪いみたいだし転んでまた足怪我しないでね」
「そんな何度も転ぶほどドジじゃないです!」

どうだかな、と言わんばかりの疑いの眼差しを送られて軽く睨み返すと恭弥は楽しげに目を細め「じゃあね」と颯爽と学校へと向かった。
足音が遠ざかってから、鍵を閉める。時計を見ればまだ7時過ぎ。
風紀委員って本当に何しているのかよくわからないけどこんな時間から見回りだの書類だのしているって聞いて若い時分から社会人並の活動をしているんじゃないかと思うと彼らって本当はすごい人達なんじゃ…なんて思えてくる。


「いけない、私も準備しなくちゃ」

家から学校が近いとは言え油断すると遅刻の元だ。
私は風紀委員に捕まる訳にはいかないのである。…一度だけ補導という形で恭弥に応接室に連れていかれたことはあるけど、あの一度きりだ。

お弁当よし、筆記用具よし。
教科書は本日配布だっただろうから問題はなし。鞄の中がやけに軽いけど帰りはきっと重たくてヒイヒイ言っていることだろう。

すぅ、と大きく息を吸ってドアを大きく開ける。…今日も『でざいなーずるーむ』に繋がる気配、なし。


「行ってきます!」

誰もいない部屋に声をかけるのは社会人になってからも変わってはいない。今は学生だけど変な感じ。


――先日までOLだった私、押切
色々ありまして本日より中学2年生です。