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「がはは!ランボーさんとーじょーだもんねー!」

脇役は脇役らしく生活をしていればいいと言われるのであれば私はそれを甘受するつもりだった。
つまるところ、私は2年生になってから少しだけこの世界における生き方を変えようと―ほんの少しだけ―思ったというわけで、一線を引いても関わってしまうのであれば避けずに生きていこうと。
恭弥に話したら嫌がられてしまったけれど決めてしまったものは仕方ない。

…だったというのに、案外気を張らずに生活を始めると意外なところに意外なものが転がり込んでくるものである。
もちろん私は沢田達と行動を共にしているわけでもないから彼等の所属するファミリーと遭遇する可能性は極めて低いことなんて分かってはいたけど、まさかそんなこの時期に突然現れるなんて思ってもみなかったのだ。
今日は雨ということで屋上は誰もおらず、傘を差してのんびりとしていたこの昼休みに例の子牛さんはやってきた。


「わー…」

目覚ましにひとつ頂きたいぐらい元気な声だ。ひっきりなしに起こる非凡な生活にいつの間にか記憶の片隅へと追いやられてしまった知識を思い返してみてもまだ会ってない人間が何人かいて、そのうちのひとりが彼だったなあ確か。
あの保健室の時から沢田側についていたとしたらきっと今ごろフルコンプリートしていたのだろうと思う。


「…どうやって入ったの」

まだまだ新学期。
変な輩が入り込まないようにと恭弥率いる風紀委員が見回りしているというのに颯爽と屋上に現れてくるあたりこれが漫画クオリティなのかと変に感心する。
恐らく彼はリボーンを狙ってこの並盛へと侵入してきたのだろうけど今日は残念ながらここにはいない。読みが外れて泣き出しそうになっているランボへと私は声をかけた。


「ね、君。風邪ひくよ」
「っくしゅん!」

言ってる側からまあなんて可愛いくしゃみなこと。
おいでおいでをすると警戒もなく近寄ってくるランボによくこんな子供が拉致されずに生きてこれたなあと思うけど幼くてもヒットマンの端くれということなのか。いやいや私の記憶では10年バズーカーをぶっぱなしているイメージしかない。

危険なものを持っていたとしても子供は子供で、そして私は子供は好きだ。濡れた顔をハンカチで拭いて、髪の毛についた水気はぱっぱと僅かに払って。
もっと暴れん坊な子供かと思っていたけれど雨に濡れるのはどうやら彼も不快のようで大人しくしていた。


「はい、じゃあこれあげるから濡れた時はきちんとふくのよ」
「えー」
「将来イタリアの紳士になるのだったらハンカチぐらいは基本よ」
「オレっちは最強のヒットマンになるんだもんねー!」
「でもリボーンは最強のヒットマンで、最高の紳士って聞いたんだけどなあ」
「!」

いそいそとハンカチを頭に差すその様子は何とも素直で可愛い。ポケットとかないけどこのもじゃもじゃ頭に色んなものが入っているのだと思うと少しだけ怖いところだけど。
とはいえ、ついでにここぞとばかりにもふもふの毛を!ほっぺたを!つんつんとつつくと何とも言えないふわふわとした弾力に心が弾む。
あんまりどうも思われてないのか今あげた飴に夢中なのか何の抵抗もなくて満足してから有難うと離して、手に持っていた飴と絆創膏を彼の毛の中に差し入れた。


「飴と、絆創膏ここに入れておくね。お腹がすいた時に食べるんだよ」
「わーい、お前ランボさんの部下にしてやるもんね!」
「え」

今日限りだったらまったくもって問題ないけどずっとこの学校に来ては私を部下扱いされるのは困る。非常に困る。何だったら恭弥に見られるのが一番困る。それこそ本気で咬み殺されかねない。
そんな私の心の中なんて分かるはずもなく、ランボの目が少しだけ潤んだ。あ、まずい。


「じゃあえーと……えーとアイジン!」
「…愛人の意味がわかってるの?」
「わかるもんねー!」

そういうとランボはとても身軽な動きで私の腕に飛び乗り、そしてほっぺたに雨の所為で冷えた顔を押し付けてきた。
残念ながら口より先に鼻が当たったようだったけどこれで愛人の意味がわかっていることを証明したつもりのようだ。
しかしこんな子供に愛人なんて言葉を教えたのはどこのどなた様だろう。きらきらと目を輝かせる彼にはたいへん申し訳ないけれど、お断りをしなくちゃならない。


「残念ながら私は子分にも愛人にもなれないんだ」
「なんで」
「…ふふふ、実は私はこの世界の人間ではないのだー!」
「ぐぴゃあ!」
「宇宙人だぞー!」

がおーって腕を高く上げると、遊んでもらえるのかと思ったらしい。
距離を置いて臨戦態勢。良かろう、相手してあげようではないか!傘を畳みながらランボを見た。
プルプルと震えるお尻にセクハラしたくなる気分に苛まれる。


「聞いて驚け〜!本当の世界の私はもっと背も高くて大人でナイスバディなんだぞー!」
「がははは!」
「くそおおおおそこで笑うなぁああ!!!待てええええ」
「きゃー!」

きっと彼になら何を言っても良いだろうという謎の確信があった。すぐに忘れるに違いないのだ。だって子供なのだもの。

それと同時にたまにはこんな日もいいんじゃないか、なんて。
色んなことを考えすぎて最近は少しだけ沈んでいたけれどある意味彼に元気をもらえた気がした。そのお返しに今だけは。
私は傘を投げ捨てて小さな彼と一緒に水浸しになって屋上をかけ走ったのだった。



「お前は宇宙人でランボさんの部下!」
「…宇宙人である間はね」