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「あ、隼人だちょっと久々」
「おー」

足の怪我が治るのは緩やかで、漫画の世界だというのにこういうところはリアルだなあとか思ったりして。
治ったら治ったでまた体育会系の部活の勧誘が待っているのも何となく覚悟していた。いい加減何か部活に入ってみようかと思ったものの何しろ輝く10代と運動を殆どしていないOLの私が一緒になって走りこみ…だなんて図を想像するといかに押切が中学生であっても空恐ろしいものがある。

とまあとりあえず山本に貰った大量の体育会系の部活勧誘の用紙を見ながら思っているとどこからか煙草の匂いがして隼人が気が付けば近くにいた。ここは大人として未成年者の喫煙を咎めるべきなのか。いやでも確か彼の攻撃って煙草を火種にしているんだから無駄か、なんて思えるぐらいには割りと冷静な自分がいた。


「此処で会うの、久々だねえ」
「だな。最近はよく雨も降ってたし」

沢田が彼らに与えた影響はとても大きい、と私は思っている。
私がこの世界にやってきた頃には恐らく粗方の土台は出来上がりそして主となる人物は引き寄せられるがごとく沢田の下へと顔を出し始めていて、それと同時進行に沢田達の絆と力は強化されつつある時期だ。
まだまだこれから前途多難な事が起きるだろうけれど、それでも仲間を得た彼らならそれも乗り越えるだろう。いやはや主人公ってすごい大変だよね。

隼人自身からこの話を聞いた覚えは無いけれど彼だってイタリアから日本にやってきた転校生扱いの筈で、きっと当事は相当暴れん坊だったに違いない。私だって漫画の人物だと知らなければ怖がってきっかけがなければ話しかけることもできなかったに違いない。
それでも彼はきっと沢田や山本に会えたことにより変わったんだろうな。そう思えるような柔らかさを感じるのは気のせいではないはず。じゃなきゃ私となんてこうも話しているわけがない。


「そういやさ」
「ん?」
「桜」

ぽつりと漏らした隼人の言葉に「ああ」と相槌を打った。
まだ全部とはいわないけれど今年は温かくなるのが早かったせいか4月の半ばにして既に葉桜になりつつあり、そして私は足の怪我のせいで誰とも花見なんて行けずに終わっていた。


「ちょっとは残ってるしも足が辛くねーんだったらその、今から公園でも寄るか?」
「…ちょっと付き合ってもらおっかな」

隼人がそんな前の会話を覚えている事に驚いた。約束らしい約束でもないあれを、覚えてくれているのが有難かった。
この世界において、確固とした私を証明するものは何ひとつとしてない。名前も全部が私のものではない、家も違う。

そんな不安定の中私が私であるのは皆が私をと呼んでくれるからだろう。

私の目を見て、約束ごとをしてくれて。私の世界ではそんなの当たり前だし隼人のいるこの世界でも、この世界の人間同士ならきっと当たり前だろうけど私は所詮この世界に一時的にお邪魔している来訪者でしかない。
こういう小さなこと一つ一つが私の心を救って、温かい気持ちにさせてくれている。私は、彼らに何を返せるのだろうか。考えて込んでいるうちに前を歩いている隼人が私を振り向いて眉根を寄せた。「変な顔」?放っておいてちょうだいな!




「沢田達はいいの?」
「十代目がごゆっくりって言ってくださったんだ」
「いい人だねえ」
「分かるかお前!流石だな!」

隼人の十代目好きは本当のようで、公園に着くまで彼はひたすら沢田の話をしていた。
稀に山本のことも、それからリボーンやランボの話も出るけれどそこは流石に私がファミリー関係でないからか親戚の子供が、で濁されていてちょっと笑った。一応彼にもそういう気遣いはあるらしい。本人が聞いたら怒りそうだけど。

いざ公園に着けば、場所によって桜はまだ残っていた。特にお互いが言い出してもいないのにその桜が綺麗な場所へと足を運ぶ。


「ずっと言いたかったんだけどよ」

歩きながら隼人がぽつりと話し始めた。


「俺はさ、結構感謝してんだぜ」
「えっ」

びっくりして隼人の顔を見ると少し照れくさそうにこっちを見ていた。
根拠もなく、彼の引く一線の内側に入ったのだと何となく分かる。私だってそうなのだ。この世界にいることを許されている間は、もう避けずにありのままでいようと。隼人がどういうきっかけで私をその中に入れてくれたのかは分からないけれど、ただ素直に嬉しいと思う。


は風みたいなやつだな」
「…なにそれ、例えるなら花とかにしてよ」
「花は、枯れちまうだろ」

ひらり、と舞う花弁が手をすり抜けた。まあそれは間違いないだろうけど。
隼人はその口元に笑みを浮かべながら私を見る。漫画だと爆風を背負ってばかりの彼の背景が桜であることがすごく違和感で、そして今はまさに平和な日常編なのだと少しばかりの安心感をもたらしていた。


「いつの間にか、お前はいるんだ。俺の前に。自然にさ」
「…」
「それでもって…なんつーんだ、認めてくれるっつーかさ。もう一歩、の後押しをくれる。感謝してんだぜ一応これでも」
「…私もさ」

この年の男の子に感謝の言葉を言われるなんて思ってもみなかったなあ、なんてしみじみとしながら私も隼人に言えなかった言葉を。
それはもうずっと、ずっと前から言いたかった事で。

「あなたにずっと言っておきたいことがあった」




「ありがとう」

この世界に来て、初めて話した人。不安だらけだった私を気にかけてくれた人。
どこからどう見ても雲雀の姿でありながら混乱していた私に、それでも真摯に話を聞いて、信じてくれた人。いつか、あなたにも全てを話すことが出来たならば。


「…なあ
「うん?」
「お前は、」

――――ザアアア。

突然強い風が吹き上がり、桜の花弁も随分飛んでいってしまった。隼人の隣で彼と一緒にそれを見送った。
話の続きを促そうと隼人の顔を見ると、何か言いたそうな顔をしながらも口は固く結ばれていて。


「なあに?」
「…いや、なんでもねーわやっぱ」
「変なの」
「うっせ」

まだまだ知らないことも知らせられないことも沢山あるけれど、こうやって少しずつ話せたらなって。
素直に思えたんだ。


「来年はさ、満開の桜を見れたらいいね」
「そ、だな」