43

桜も散れば今度は暑さがやってくる。
当然のことながらそれはどこの世界も共通で、だんだんと皆が薄手の制服に衣替えしつつあり、私もそれに倣い恭弥の用意してくれた夏服に身を包んだ。
ちゃんと表のルートから入手したよと涼しげに言う彼に、初めて風紀委員の闇を見た気がしたのが今日の朝の出来事。
――いや、まあそんな事は置いておいて。


「おい、お前」

子供のような声が聞こえた時、きっとこちらの世界に来るまでの私だったなら何も考えることなく返事をしながらその姿を探しただろう。
でもそれは残念ながら普通の子供だったことに限るのであって何回も何十回も、そして何週間も毎日アニメを見ていた私にとって本当は誰の声か知っている。

やだなあ、撃たれるのは痛いだろうなあ。
ツナみたいに撃たれたところで私は主人公枠じゃないからリ・ボーン!じゃなくて普通に死んじゃうんだろうなあ、だなんて。そんな他人事のように考えながら一応念の為辺りを見回す。


「…あれ」

いない。ついでに足元を見ても居ない。


「ここだぞ」
「ぎゃあ!」

頬に突然冷たいものが押し当てられて心臓が飛び出るかと思った。一瞬で冷や汗が出た。至って一般人の私は皆で言う人の気配なんてものを感じられるわけもなく、そして相手は赤ん坊とはいえヒットマンだ。当然だろう。

気がつけば右肩に少しの重み。恐々と右へと顔を動かしてその姿を確認しようとすると冷たいものが頬にゆっくりと刺さっていく。
わー、これもしかして銃的なやつだろうか。ここから撃たれたら両方のほっぺたに穴が…空くだけだったらいいなあ痛いだろうなあ。あ、死んだらどうなるんだろう。試したくないけど。


「押切だな?そのまま歩いて体育館裏へと回れ」
「ええっと、君迷子、かな?」
「黙って歩け」

ぐいぐいとほっぺに当たる、質量のある銃のひんやりとしたものが完全に玩具じゃないと教えてくれる。
まさかここに来て彼に見つかってしまうだなんて。大人しく頷いて私は歩を進めたのだった。




それが、誰も居ない放課後の廊下で起きた事件だった。
今日に限って図書室に寄っていってのんびりしていたのが悪かったのかもしれない。何というか非常に運が悪かったのだ。
銃を頬に当てられたまま無言で非常階段をゆっくりとおりて彼の指定した場所へと向かう。


「ここでいいぞ」

言われた通りの場所には何故か古びたベンチがあって、リボーンは私の肩からひょいと飛び降りるとベンチへと着地しどこからかハンカチを敷いて静かに私を見た。
どうやらそこに座れと言いたいらしいが流石紳士だ。いやはや恐れ入ります。どうも、とひとつ会釈をして座って同じく隣に座る彼から話を切り出すのを待つ。


「ツナの事、悪かったな」
「え?」

彼の一言目がそれで思わず素の声を出してしまった。
深刻な話になると思いきや感謝の言葉が彼の口から飛び出てくるとは思ってみなかったのだ。


「俺は最初お前のことを疑っていた。だが調べてもお前は完全に白。一般人だ」
「…あのう」
「お前に何を言っても分かんねーだろうけどな。一応の事を調べて駆け回っているうちに俺の教え子があれだけ追い詰められてたとは知らなかった」

リボーンが言っているのはきっとこの前の保健室の件だろう。
そして、彼は私を怪しいと思って調べていたということには少し驚いた。別に私はやましい気持ちもなければ特別何か彼らにしたわけではない。いや、ちょっとでも関わった人間は一応調べたりするのだろうか。家庭教師も大変だな。

けれど、調べて怪しいところは一つも無いなんて、そんなことはない筈だと、咄嗟に言い返しそうになった。私が調べたら、押切なんて人間は存在していないってことはこの世界にきてすぐ分かっていた事なのに。

彼は、嘘をついているのだろうか。残念ながらその大きな目からは何も読み取ることができない。


「…教え子って、ツナのこと?」
「そうだ。俺は家庭教師だからな」
「そっか」

彼が私に何故声をかけたのかは良く分からない。
何も怪しいところがないのであればわざわざ私に関わる必要がないというのに。興味本位?それとも、何かやっぱり。色々と聞きたくなったけれどぐっと我慢する。

彼らは、今平穏な日常編をこなしているところだ。
ツナや他の人達が新しい人と交流しているそんな漫画の入りたての章は、リボーンがいなければ解決できないことも多々あった…気がする。そんな中、私がズカズカと入り込んでリボーンがもし私側についてくれたとして、その結果ツナたちが関われない人間や解決の出来ないことがあっては困る。
欠損は、非常に困る。これから関わる人は、必ずどこかの場面で再会し彼らの力になるはずなのだ。邪魔をするわけにはいかない。
だから私はここで彼と、何なら彼とだけは深い縁を繋ぐわけにはいかない。


「…話ってもしかしてそれだけ?」
「ああ」
「そっか」

何も分からない、女子生徒を気取らねば。
私は目の前で関わってきたのならば避けることもなく関わり、それでいて自分からは決して関わらない、そして今の場においては赤ん坊に声をかけられたツナのクラスメイト。そうでなければならない。
教え子や、他の子にも厳しかった気がするんだけどこれはやっぱり私が別にファミリーに入ってないからだろうか。友人の一人にならそんな厳しく指導する必要なんてないもんね。

にっこりと笑みを浮かべながら立ち上がり、彼と目を合わせた。私の肩に乗る様子はなかったのでここで解散らしい。


「ハンカチ皺になっちゃったね。洗濯して、ツナ経由で返させてもらっていいかな?」
「…ああ」
「ありがと。じゃあお預かりします」

ハンカチを4つ折りにして鞄へと入れる。
それを見届けたリボーンが歩みだそうとして私は彼の背中に向かって声をかけた。


「…あのね、これを言うのは変なのかもしれないけど!」



…何なんだ、あいつは。