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あれから、私の生活は何一つとして変わりはなかった。
クラスメイトと一緒にご飯食べたり教科書を忘れた隣の子と机をくっつけてお勉強をしたり、抜き打ちテストにえええ!って皆と一緒に反論したり。普通の学生として少しずつ埋もれていくそんな感じ。

漫画の通りの流れに逆らうことが出来ないのであればそれならばもうなるようになってしまおうと考えたものの、案外そこまで彼らと関わることはなかった。それでいいとも思っている。
とはいえ、あれから恭弥は少しだけ変化したような気がしないでもない。相変わらず学校内では他人、家に帰ると何とびっくり彼は少しだけ私に気を許しているのが目に見えてわかるようになったのだ。


「…寝てる」

布団に入っている時にしか見ることのなかった彼の、無防備な表情に自然と笑みがこぼれた。今まで隙を見せなかった恭弥の、ふとした時に見えるこういった事が嬉しい。

――結局、私たちの関係性に名を付けるとしたら、それは何も変わっちゃいなかった。
想いを告げてくれた彼に対し私の返した答えは曖昧で。それに甘えている大人ってどうなのだ、と自分が情けないけれどこんな状態で私だけがハッピーエンドなんて迎えられるわけもなく。
進展を求めてくれた彼と、現状維持を訴える私と。


『いつか、必ず話すから。それまでは』

全部を彼に話してしまえればどれだけ楽になれるだろう。この世界に来たばかりのときの自分の気持ちにも色々と変化が起こっていることに気付かない振りももう出来やしない。
帰りたい気持ち、が、帰らなければならない、という義務感にすり変わっていることに焦っても、いる。

それでも、何とか彼に返せたその一言に恭弥が頷いた瞬間から私たちはただの風紀委員長と風紀を乱すコスプレ女という何とも言えない関係からは脱したわけだけど。


「恭弥?風邪ひくよ」

テレビを見ていたはずなのにどうにも私がを用意している間に眠りについてしまったらしい。
ぽんぽんと肩をたたいても珍しく起きる気配はない。よっぽど疲れたのだろうか。
新学期も始まってそろそろ落ち着く頃だと思ったんだけどなあ、なんて思いながら恭弥の整った顔を改めてマジマジと見た。
白いお肌に長い睫毛。咬み殺すよ、なんて物騒な言葉がその口から出てこなければまるでお人形さんだ。ぴくり、と睫毛が振るえゆっくり開かれる瞼。


「あ、起きた。ご飯できたよ」
「…」
「っうわあ!」

寝ぼけ眼の恭弥に突然腕を引っ張られた。
視界がめまぐるしく動き、気が付けば恭弥の上に乗っかっている状態で思わず体が固まった。


「お腹空いた」
「っで、出来てるから!早く起きて!」

人を押し倒しているときってどんな気分なのだろう。彼の身体を踏まないように慌てて退くと、ゆっくり起き上がりながら楽しげに目を細めた恭弥を軽く睨みつけた。
遊ばれている。恭弥の言葉を借りれば、『遠慮しなくなった』らしいんだけどこれが彼の本性ならばとんでもなく意地が悪い。

一番困っているのは、この状況を何だかんだと楽しんでいる自分自身なのだけどそれはまだ、秘密だ。





そんなある日の晩御飯時。
風紀委員の仕事が一旦落ち着いたらしい恭弥が毎日自宅へ帰るようになり、久しぶりに一緒に晩御飯をとったその時の彼の「そういえば」から騒動が始まった。


、君は家族と過ごさなくていいの?」
「…いや、あの私、この世界では身内なんてもの存在しないんだけど」

思わずご飯に伸びた箸が止まった。あんまりにも自然に、不自然なことを言うからだ。
もちろん、恭弥には異世界から来たことも話している。最初は着の身着のまま。だから、今ここで住んでいるというのに。


「…押切家、のことかな」
「うん」

なるほど、と私は頷く。
初めてこの世界で押切の名前を与えられた時、私は登録されてある住所を調べた。確かに押切さんの家はその住所に存在し、親の名前もあり、そして一人息子の名前もあった。そこに勿論私の名前はない。当然だ。
けれど恭弥が検索したところ何故かその名簿には私は彼の妹としてしっかり登録されてあり、いつの間にか小学校の時からのお友達が出来ていたり、はたまた押切の机は私がくる随分前から用意されていることになっている。
つまり、私が来てから後付けで”押切”という存在は作られたかのように、自然に皆の中に馴染んでしまっていたのだ。


―――これがリボーンの言ってた白の原因なのか。
いやでも明らかに私、それなら家出娘扱いにされるはずなのでは。


「押切蓮造。空手部主将なんだけど、聞いたことないかい?」
「…いえ、これっぽっちも」

空手部から勧誘もなかったし、体育会系部活から勧誘が来たときもその人物名の妹かどうかだなんて声をかけられたこともなかった。


「ふうん」

そして、机に置かれた一枚の写真。
どうやら部長会議の際か何かに撮られたもののようだ。どの人も明らかに中学生だろうかと悩まずにはいられない体格の方々がずらりと並んでいて、
あ、笹川了平もいる。けどあまりにも他の部長さん方がいかつすぎてお兄さんがすごく普通に見えるなこれ。
一人ずつ名前と部長名を当て嵌めながら見ていくとようやく目的の人物で手が止まった。


「…これが私のお兄ちゃん?」
「会いに行くかい?」
「遠慮します」

とんでもないものを見てしまった。
草壁くんよりも更に厳つい。何なんだこの悪役感、というか少しモブくさいこの感じは。いやいやいやコレ絶対中学生じゃないから。

全力で否定して首を横に振ると私の反応なんて分かっていたのだろう恭弥はこれまた楽しげに「残念」とだけ返して味噌汁を啜ったのだった。



押切蓮造には会わない。私の目標となった。