45

天気は快晴。
夕方まで雨が降る様子はないということをしっかりテレビで確認すると布団をさっさと干した。これで夜は快眠に違いない。
部屋の片付けまできっちり終わらせると私服に着替えて準備万端。
ついでに今日は押切のトレードマークである眼鏡も三つ編みも外してみた。いつものようにクセできっちりと編んでいたわけだけど今日は別にその必要はないのだと思いなおして外してみれば若干癖付いてしまっていて、まるでゆるふわパーマ。ちょっともったいなかったけど今日はそういう気分なのだから仕方ない。


「大きいなあ…」

車がなければこの世界で免許もない私の移動手段は必然的に電車になる。たかだか2駅だけど知らない土地ということで妙に落ち着かない。
私の目の前にそびえ立つデパート。元の世界に居た時はそんなに思わなかったけれどこの姿で入るとなると何故だか大きく感じてしまう。

目的は幾つかあるけど、今日こそ色々と足りないものを買出しに行かなければならない。
週末にはよく恭弥がきてたからなかなか出かける機会が無かったけど今日は用事があるだか何だかで時間が出来たというわけだ。

基本的に買い物は1人派だから別に苦じゃないけれど中学生が大きい買い物をするのは少しだけ勇気がいった。大体こういうところって家族連れが多いのだ。
食器に、下着に靴。雑貨も見たりしていると時間がすぎるのはあっという間で、でも結構気を張っていたらしく疲労が溜まる前に喫茶店へ逃げ込んだ。


「…意外と荷物増えちゃった」

買い物袋が4つ。割れそうなものは配達でお願いしたから気は楽だけど。
一旦休憩で珈琲を注文すると大人なのねえ、とバイトらしいお姉さんに笑みを浮かべられながら褒められた。ええ、はいそうですよ何ってったって貴方よりも私、大人ですからねなんていえるはずもなく私も曖昧に笑みで返す。

今日は休みの日だというのにさっさと早く買い物を終わらせて休憩したのが当たりだったらしい。人はまばらで、静かな雰囲気だった。
だからだろう、他の人の声まで聞こえてきたのは。


「…ですから、うちはちょっとカードは…」
「え」

後ろの人のやりとりはクレジットカードで精算する人あるあるだ。たまに現金のみの取り扱いって書いているのに気がつかなくてレジまできて気付くパターン、とか。
だけどここは喫茶店だ。珈琲を頼んだ時点で商品は出てしまうのだ。残念だけど今すぐATMでお金を下ろしてくるのをお勧め………あ。
振り向いてしまった。ついでにちらっと目が合ってしまった。えっこんなことってあるの。どうして。そんな事を思いながら、私は放っておける訳がなく。


「…お兄ちゃん何してるの」
「え、」
「すいません、一緒に精算してもらえますか」
「あ、はい」

訝しげな目を向ける店員さんに私はにっこりと笑みを浮かべながら困り顔の彼の腕に擦り寄って鞄に閉まった財布を再度出した。





「本っっ当に申し訳ない!」
「いえいえ、お気になさらず」

いやいやこんなところでまさか会うとは思わなかったよ本当に。
そのまま別のところに座ろうと思ったのに店員さんが気を利かせたのか相席で用意するものだから笑みを崩さずに目の前の彼を見た。
よくよく見れば私と彼が兄弟に見えるはずもない。嘘ももう少し上手くつくべきだと反省。何せ彼は私の黒髪とは真反対と言ってもいい素晴らしい金髪だ。


「お兄さん外国の人でしょう?日本のお金、持ってなさそうだし。今度からは気をつけてくださいね」
「あ、いや、本当は持ってんだぜ?財布を車に忘れてきたみてーでさ。本当に助かった」
「…日本語、お上手ですね」

要らぬお節介だったのかもしれない。けれど一期一会という言葉がある。さあ、このままここでさよならをしてください。
珈琲と一緒に注文したサンドイッチをぽろぽろと零しながら口に運ぶ彼はそんな私の心の中なんて読めるわけがない。ああこれが噂に聞くあれか。何だっけ、特異体質。名前出てこないけど。


「俺はディーノってんだ。君の名前を教えてくれるか?」

名乗ってしまわれた。いやこれが普通か。そうだよね、大の大人が財布を忘れた上に見知らぬ中学生に奢られるなんてそんなことって滅多にないよね。
手づかみで物を食べるだけなのにどうしてここまでパンを溢してしまうのかすごく気になる。気になるけど流石にお母さんみたいなことは失礼すぎるか。とか思いながらもやっぱり気になるので頬にくっついたパンの欠片を取り除くと嬉しそうに笑った。まるで子犬だ。
どこかにロマーリオさんが居るとこうはならないだろうし、彼は一人みたい。


「…押切といいます」
「しっかりしてんだなー高校生、ぐらいか?」
「いえ、中学生ですよ」
「そっか。俺の弟…ああ、血は繋がってねーんだけど可愛がってる弟分が並中なんだけど」
「あ、私もそうですよ。二年生です」

わざとらしいか。大丈夫か私。
その弟分を知っていますなんて言えるはずもなく、笑みを浮かべられる辺りリボーンとの初接触の時から何だか豪胆になれたような気もしないでもない。
がしかし彼の出番って最初そんなに合ったかなあ、なんていうそんな印象なワケで。でもツナとよりはリボーンとの関連が濃い人物なのだからやっぱり注意はしておくべきだ。


「はい、あーん」
「あーん。これ美味しいねお兄ちゃん!」

――だというのに、未だにお姉さんがこちらに対して疑いの眼差しを送るからってこれはズルいと思いますディーノさん。遠ざからなければ、という意志とは裏腹にこの場を上手く切り抜ける為とは言え彼をお兄ちゃん設定にしたのはまずかった。
あ、でもサンドイッチ美味しい。