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「こんなに買出し大変だな」
「すいません、持ってもらっちゃって」
「そんな細腕に持たせるワケいかねーよ」

ウインクがここまで自然に似合う人って生まれて初めて見た。
いや、見目麗しいっていうだけなら他にもこの世界で沢山会ってきたわけだけど全員ウインクなんてするキャラじゃないし。恭弥がもししたとしても私は確実に高熱が出たのだと疑うに決まっている。

どうやらディーノさんはここでロマーリオさんと待ち合わせをしているらしい。連絡が入るまで荷物持ちをしてくれることになったのだ、けど。
並盛から離れたところをわざわざ選んだというのに何故こんなところにいるのだろう。設定外の場所に何かがあるのだろうか、なんて考えながら隣に歩くディーノさんを見た。
ふわふわの金髪だし背も高いし…腕にはきっと鮮やかなタトゥーがあるんだろうけど薄手の上着を着ているからそれを見ることもない。
是非お目にかかれる機会があれば転写シートを用意したいが私の美術の点数は破滅的だった。残念。


「あ、これお前に合いそう」

そんなことを思われているとは知る訳もないディーノさんはさっきから自由に立ち止まったり、楽しげに買い物をしていた。手持ちがカードと携帯だけって本当すごいな。けど確か私より年下…いやいや年齢なんて考えないでおこう。漫画の世界の設定なんて全てにおいて不公平なのだ。
一人苦笑いしている中、突然ディーノさんが私の手を握ってきたものだからびっくりして何事かと顔をあげればいつの間にか服屋の前に着ていて、ひとつのマネキンと目が合った。


「…可愛い」

ところで今の服はTシャツにジーンズという最強にラフな格好だ。
普段から私もそういう格好をしているし、何より中学生というものは何を着ていいのかわからなかったというのもある。ファッションセンスというものを私に求められても困るところがある。
ディーノさんが立ち止まった服屋は私が好んで着てたブランドに少し似ているお店だった。


「おいで」
「えっあの」

ぐいっと腕を引っ張られて何事かと目を白黒とさせている間にあれよあれよと試着室に放り込まれた。
目の前の試着室に設けられた鏡では驚きに目をぱちくりとさせてある私が映っていて、やあどうも なんて自分に挨拶してみたけどもちろんアクションなんてなく大人しくディーノさんから受け取った服をマジマジと見た。タグに書かれてあるその服のサイズはS。
あまり考えたくなかった事にこんな形で直面してしまうなんて、と試着室で溜息をついた。

気が付いたのはつい最近だ。
最近やっと仲良くなれたふと京子ちゃんと話をしている時にその違和感に首を傾げた。

…京子ちゃんって背、いくつだっけ?

自慢じゃないけど一度読んだだけの漫画の資料に関して記憶力には自信がない。けど一つだけわかっている事は確実に私は笹川京子よりも背が高かったことだ。今度併せをする予定のレイヤー友達と背の話をしたことは覚えている。が京子ちゃんをするのだったら背ちょっと高すぎて周りの皆が大変だねーってそんな話題だった。
つまり私の背は京子ちゃんよりかなり背が高かったワケで。

だというのに京子ちゃんと私の目線の高さが同じぐらいになっていることにいつかの恭弥の言葉が脳裏に過ぎった。


『押切、身長155センチ…』

もしかしなくても、押切に対して教えてくれた情報その通りになっていた。いつの間にか私の背が縮んでいた。服のサイズだって1サイズ下がっている。胸は…いや元から小ぶりだった盛るところだった、危ない危ない。
初めて恭弥のコスプレをしてこの世界にやって来たときと同じく、皆と私との見え方や聞こえ方に歪みができているだけだと思っていたのに実際は私が皆の認識通りに変化していたのだ。

ただのファンタジーどころかホラーだ。私がこの世界に来た時に突然変化したのか、それとも徐々に馴染んでいったのかそれすらも分かっていない。もしかすると今後、私は押切という写真の子通りになってしまうのか。OLが本当に中学生の身体になってしまうのか。何もわからない状態でこれははっきりいって怖い。


、どうだー?サイズ大きいかー?」
「あ、ちょっと待って!」

ハッと我に返りディーノさんが選んだ紺色のワンピースを慌てて上から被った。
膝丈のそれはひらひらとしていた、腰のところで大きめのリボンが揺れている。可愛いけどちょっと今の私には大人びている気もしないでもない。
シャッとカーテンを開けるとポカンと口を開いたディーノさんの姿。お世辞すらいえないぐらい似合ってないのだと一瞬で理解した。


「あの、やっぱりこれ私には大人すぎるような」
「いや似合ってる」

そしてあろうことかディーノさんはそのまま私をレジまで連れていきこのまま着て帰らせたいとか店員に言う有様。
流石にそんな買い物方法をしたこともない私は慌てふためいて、それでもこの服が気に入ったのは確かだったから財布を出そうとするとその手はディーノさんに大きな手で止められ、代わりにカードがカウンターに置かれた。
店員さんは私達のやりとりを何事かと見ていたけどそれどころじゃなかった。珈琲のお返しにしてはこれは貰いすぎなのだ!


「い、いやいやいや。そんな買ってもらうわけには」
「さっきのお礼だって。みたいな可愛い子に着てもらったらこいつも喜ぶと思うんだ」

そういわれてしまえば、この人に上手い返しが出来なくてとうとう根負けしてしまった。
なんてことだ。これが、紳士か。
私もうリアルの同世代に恋ができない気がする。値段を見ようとちらりと視線をやろうとしたらさっさと値札を切られた挙句大きな手で目隠しをされてしまった。あ、タトゥー見えた。鮮やかな色。


「今度会う時はそれ着てくれよな」
「あ、はい!」

完全に流されているって分かってた。けど男性経験のない私にはもうどれもこれもが精一杯!
やっぱり格好良い。何だこの人本当ずるい。