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「正門から帰るか…」

何だかんだ時間も経ったしきっともうディーノさん達は遠いところにいるだろう。多分。それに野球部の解散前に一刻も早く離れたほうが良い。

よしっと気合を入れて歩みだそうとしたその時だった。

突然ゾクリと嫌な感じがして身体が震える。
人の気配だとか視線だとかを感じられるほど敏感なわけではない。風邪でも引いたのだろうかと思いながらも一応辺りを見回そうと何気なくふと校舎を見上げる、と、


「あ」

休みの日だからか教室全てのカーテンを閉めているというのに1つだけ窓もカーテンも開いている部屋が2階にあった。

戸締りのし忘れだろうか。
目を細めてじいっと見ると室内に誰かの後頭部が見え隠れしていた。…っていやいや、あの部屋の場所ってもしかして応接室…じゃなかったっけ。
ということはあの黒髪の学ランは恭弥というわけで。そうだよね、他全員リーゼントだもんね。そして用事って風紀委員の仕事だったのかと思うと尊敬するしかない。

お疲れ様です、と心の中で応援をするとまさか気付いたのかふと振り返って此方を見てきて、私はピシリと固まった。
山本といいこの世界の人はちょっとおかしいのかもしれない。今すぐ背を見せて歩くのも可笑しい話だし、後で追求されるのも何だか怖い。


「…やっほー」

聞こえる訳がないのは分かっているから苦笑いをして会釈すれば恭弥は驚いたように立ち上がり、あろうことか窓に足をかけて飛び降りた。
驚きに声もなく見守っていると怪我をした様子も痛がる素振りもなく華麗に着地する。

…えっ、ちょっと待って普通に人間業じゃないけど大丈夫なのそれ。
武器も持たず学ランを羽織っただけの恭弥は間違いなくこっちに向かってスタスタと歩いてきたかと思うと突然私の両手に持つ荷物を持ってまた校舎に入っていこうと歩き始めた。
身体がようやく反応し始めたのは恭弥が校舎の中に消えようとしていたときで、私も慌てて後を追う。


「きょ、っ…雲雀さん!」

終始無言の恭弥の後姿を一生懸命追いかけるけど歩いているだけの筈なのになかなか追いつけない。
結局応接室まで入ってしまった。
先にピシャンとドアが閉まり、私は覚悟して深呼吸。ノックして扉を開けば談話するためだろうソファに恭弥が堂々と座っていてその足元に私の買い物袋が置かれていた。


「何で居るの」
「…買い物、帰りでして」

この部屋においての敬語はおおよそ反射というものに近い。
座りなよと顎で指図され大人しく対面のソファに座って身体を竦めている有様。
あれ、これ何ってデジャヴ。

私の答えにふぅん、と興味のなさそうな返事を返してから私の手から奪い取った袋をちらりと見た。袋に印字されてある店名を見ればこの辺での買い物ではないことぐらいきっと分かっただろう。


「…荷物」
「?」
「色々買うなら、ついていったのに」

不覚にもポカンとしてしまった。
え、恭弥がついてきてくれたって?確か彼、私の記憶が間違いなければ群れだとか嫌いだよね。究極のデレが来たってそういうことなの?それとも群れ、というか混雑をもう克服しているというの?いやそんな訳ないか。あ、アレかバイク乗れたんだっけ。中学生だけど。
あれやこれやと思考しつつも恭弥らしからぬ発言に何の返答も反応も出来ずにいると「馬鹿面」と鼻で笑われた。ひどい。


「それぐらい、僕を使いなよ」

…何だろう、ものすごく突然きゅんとした。
何だこれ、ちょっと不機嫌なのって勝手に買い物行ったからって自惚れていいのだろうか。恭弥ってこんな可愛い性格していたんだっけか。

今日の買い物に関してはちょっとディーノさんのこともあったしむしろ居なくてセーフだなとは思ったけど、今度買い物する時は是非一緒についてきてもらおうと心に決めた。
恭弥と私服デートだわーい、なんて思っているとちょっとはご機嫌も戻りつつあった恭弥がふと視線を落とす。

「そういえば今日はどうしたの、その格好」
「ん?ああ、休みだしね。たまにはいいかなって」

眼鏡も髪型も違えば、今日は服だっていつもとは違うことぐらい流石の恭弥でも分かったらしい。まだ出会ってもいないだろうディーノさんに買ってもらいましたなんて言えるはずもないけど。
立ち上がって買ってもらった服を見せ付けるように一回転するときょとんとした恭弥に向かってドヤ顔を向ける。


「大人っぽいでしょ?」
「大人だけどね」
「…調子乗ってすいません」


+
「もう終わるからそこで待ってて」
「えっ」
「それと、…その格好悪くないね」
「えっ!?」