05

(side*獄寺)
10代目が盛大に転んだ。
俺の視界から突然消えて慌てふためいたらそこにはひどく流血している10代目の姿。石に躓いて転んだにしてはあまりにも傷はひどい。
嗚呼、俺がもう少し何秒か早くそこにある障害物に気がついていれば。俺はゴミか!


「10代目ご無事ですか!」
「いってて」

サッと10代目に肩を貸して保健室に向かう。
屋上からは『委員長万歳!』なんて訳の分からない野郎の熱い声が聞こえてきて、元々気が長いように出来ていない俺は手元にあるダイナマイトをぶん投げた。


「ったく」

大体朝から考えて、今日は厄日だったと思う。
朝から姉貴が弁当を作りに来て俺の腹は最高に具合が悪いし犬のアレも踏んづけたし、携帯の電池も学校に来て早々きれたし、挙句にこれだ。


「何してるの」

いやそんなまさかとか思っている暇はなかった。
保健室に置いてあるベッド2床のうちの一つのカーテンが閉まっていたから誰か寝てんだろうなと思っていた程度だったのに。

そこから現れたのは今一番、出来る事なら今後とも会いたくない、不機嫌そうな顔の雲雀だった。
10代目のために必要そうな薬を手にした俺は今日一番の不幸ごとに叫んだ。


「おまっ、おまっ」
「派手にすりむいたね」

10代目が恐怖に引きつってるのがわかる。ここは俺が10代目をお守りしなくては!

―――そう思って10代目の前に立ったっていうのに結局俺はあの雲雀に言い負かされ、その白い手が10代目の怪我の処置をしているのを見ているだけだった。

情けない。

惨めな気分に晒されながら、俺は雲雀の言うとおり消毒薬と、絆創膏と、それと包帯を雲雀に手渡しするというどうでもいい役割を与えられた。
…こいつ確かに俺よりも十分強いしどっちかっつうと怪我をさせる方のイメージはあるけど治療も出来たんだなとその綺麗な顔をまじまじと見た。

恐怖に怯えた10代目の顔も、綺麗に結ばれた包帯に感謝の言葉を述べ、そして俺達はさっさと気が変わらないうちに去ろうと…していたというのに。


「ありがとうございます雲雀さん!」

閉じたはずの保健室の扉が開いたと思うといきなり俺の腕を奴は掴んで、そしてまた重々しく閉じたのだ!俺はあの時の雲雀の形相を一生忘れねえと思う。般若の顔してたぞアレ!







「君は僕が誰に見える?」

―――俺は今正直言って混乱している。
俺達を少し安心させたところを狙う魂胆かと思ったのにそうでもなく。いやよくよく考えればあの雲雀がそんな器用なこと出来るわけもなかったが。
何だこの流暢に話すこいつは。俺の知っている雲雀じゃねえ。

それでもって、こいつは何で自分のことを聞いてきてんだ。もしかしなくても記憶喪失か!?
そして俺は何でこいつにこんな縋られるような目で見られてるんだ!お嫁にいけない、とかめそめそしてて気持ち悪い事この上ない。誰だ、こいつは。何を言ってんだ、こいつは!


「雲雀じゃないんだ、僕」
「はあ?」
「だってほら設定とか全然違うでしょ。声とか見た目とか、色々とさ」
「設定って…ぐぇぇ」

設定だとか何か良くわかんねーけど明らかに動揺しているこいつは雲雀じゃねえと言われた方が確かにマシだったし納得出来た。

とはいったって、声だって、見た目だってそもそも雲雀であるから何も違わないことは無かった。
胸ぐらを掴んで前後に激しく揺らす目の前の雲雀…いや、雲雀もどきは思ったより力強く、早くも俺の視界がグワングワンと回り始めている。
なのに、「そうだ、これは夢だ。さー早く目覚めないと」なんて、訳の分からないことを言って嬉しそうにいそいそとベッドに入り込む雲雀の姿は俺も寝惚けてるんじゃねーかって思い始めてきた。そうだこれはきっと悪夢だ。俺は今、自分の家のベッドでうなされているに違いない。


「僕の名前は。いつ覚める夢かわからないけれど、もしどうにもならなかったらよろしく」

夢だ夢に違いないとブツブツ言い始めたと思ったらそのまま静かに眠ったコイツを見て、俺は激しい頭痛を覚えた。ああこれは夢じゃねえ。

雲雀の顔をして笑みを浮かべたという人間は、雲雀の顔だというのに何故か別人だという本人の言葉を裏付けるかのように安らかに笑み。


(こんな自己紹介、一生お目にかかんねーぞ!てか起きろお前!)

あーやべ俺も寝たい。