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ない。どこにもない。可笑しい。
そんなはずはないというのに私はそれを求めて部屋中をうろうろと彷徨っていた。

時計をちらりと見る…タイムリミットだ!
仕方ない。2年になって無遅刻無欠席のこの完璧な出席状況をこんな事で崩すわけにはいかない、なんていつの間にかちょっと学生生活を楽しんでいる自分に苦笑い。
学校が近いとはいえ流石にのんびりし過ぎてしまった。鞄に今日の授業で使うだろう教科書もノートも入っていることを確認すると勢いよくドアを開く。


「行ってきます!」

猛ダッシュで走ればぐんぐんと私と同じような遅刻ギリギリの人達を抜いていく。
走りが早いってこういうとき役得だなあ、なんて思っていれば何とか時間以内に学校の敷地内に入り込めそうでホッと一安心。
――したのも束の間、校門のところで風紀委員が見えて厄日だと内心で頭を抱えた。そうか恭弥が早く行く日はこれが待っていたんだった。

急停止して身だしなみを目視で再チェック。忘れ物はすでに1つ分かっているのだからせめて乱れは直しておかなくちゃ。


「…すいません、リボンを忘れました」

出頭の気分ってきっとこんな感じなんだろう。
そしてどうしてこうもこの学校の風紀委員という人達は皆そろって中学生に見えないのかという謎を解き明かしたい。間違いなく本当の姿の私が並んでいたとしても彼らの方が年上に見えるに違いない。

やや諦め半分に門のところでクリップボードを持っている草壁くんに自発的に報告をすると上から下までちらっと見た後に「確かに」と静かに頷いた。悪いこともしてきたつもりもないし恐らく今回も口頭での注意だろう。…あ、そういえば初めて恭弥に注意されたアレって何扱いなんだろうか。アレもブラックリスト入りなんだろうか。


「名前は?」
「押切です…」

今日に限って制服を着崩している人は殆ど居なくて立ち止まっているのは私だけだった。私の前を通り過ぎる皆が私の方をちらちらと見ながら同情の眼差しを向けている。中にはツナも居てどうにかしてあげないと、みたいな顔でこっちを見てきたけれどヒラヒラと手を振って大丈夫って事を伝えて先に行ってもらった。何と優しい主人公だ。

それにしてもあのツナでさえ引っかかりもせず教室へ向かっているなんて…やっぱり皆そういう日って分かっていたのだろうか。恭弥め、教えてくれればいいものを。
そんな私の小さな苛立ちを知る由も無い草壁くんは私の名前を繰り返すとクリップボードに名前を書いて、…何故だかそのまま顔を真っ青にして私の手首を掴んだ。

びっくりして草壁くんの顔を見返す。あ、そういえば私彼のこんな顔を見るの初めてじゃないなとふと思った。この世界に来て初めて登場人物として認識したのはこの人だ。


「委員長が応接室でお待ちです」
「え、でも私授業が」
「どうにかするとのことです」

静かに私の耳元で囁かれる内容に私も小声で返す。
何、どうしたのどういうことなの。そのクリップボードには一体何が書かれてあるの。
気にはなったけど恭弥が呼んでるってことは何かあるってことなのだろうか。というか授業をどうにかするってそれこそどういう意味なんだ。恭弥って本当の本当に何者なんだ。

質問しようにもきっと彼だって知らないに違いない。
訳も分からないまま草壁くんが目で早く行くように訴えるものだから私もコクリと頷いた。


「ありがとう。…いつもお疲れ様」

君は確か、ずっと恭弥と一緒にいる人だったね。今後もどうぞ恭弥を宜しくお願いします。
…そういう意味合いも含めてお辞儀をすると彼は何故か口をあんぐりと開いてくわえていた葉っぱを落としたけど構わずに私は応接室へと足を進めたのだった。