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1時間目が始まるチャイムの音を聞きながら廊下をそろそろと歩く。誰もすれ違うことのないこの応接室へ続く廊下は風紀委員の人達がよく通るということで他の生徒も避けていると聞いたことがある。流石天下の風紀委員長様の住処だ。

ドアをノックしてから応接室の扉を開いた。
やって来たのは昨日ぶりだけど、そういえば応接室に初めて来たのって恭弥の姿としてだったなあ、なんてことを思い出した。そうだ、あの時はトンファーを持った恭弥と対峙したんだった…怖くてもう二度と経験したくはないけど。


「…何笑ってるの」
「恭弥の格好して会った時とは大分、違うなあって思って」

ムスッとした様子のこの部屋の主がこっちを見てくるものだから慌てて説明した。
あの時の恭弥にとって私は得体の知れないそっくりの偽者だったわけで、会った時はゾクリと怖い思いをしたわけだ。理由を話す前にトンファーが飛んでくるとかいう喧嘩漫画も震え上がる恐ろしい体験は私の人生最後の経験でありたいと是非思う。
恭弥に睨まれているだけで意味もなく体が震えたアレ。あの嫌な感じ。あれがきっといわゆる殺意というものだったのだろう。それに比べると今はもう纏っている雰囲気が違う。

本人に言ったら怒られそうだけど少しだけ、柔らかい気がする。…というのはちょっと自分でも自惚れてるかもしれないけど。


「草壁くんに応接室に行くように言われたんだけど」
「うん、座って」

再度胃痛が降臨するのかと思いきや今日は質疑応答をするつもりはないらしい。
その代わり私はソファに座ってからテーブルの上にあるモノに気付いてそれを凝視した。
何っていったってこの応接室というよりはここのボスである恭弥には一番不似合いなものだったからだ。


「…もしかして私の部屋からリボン取っていったのって」
「うん」
「危うく遅刻しかけたのに!」

そりゃ恭弥が持っていったのならば家にないはずだ。分かりやすいところにおいていたはずなのに可笑しいなーとか思ってたのに…ハハ。

とはいえわざわざ恭弥が悪戯目的で私のリボンを持っていったとは思いにくいし、そして恐らくは草壁くんに私の名前が出たら応接室へ行くように伝えたのも何か意図があったのだろう。確かに草壁くんから言われることにより私は極めて自然に応接室まで歩いてきたわけだけども。あ、授業もどうにかしてくれるんだっけ。


「前々から渡そうと思っていたんだ」

はい、と突然私に向けて手が伸ばされ私も何気なくそれを受け取る。意外とズッシリ。何かと思えばそれは真っ黒な携帯だった。いわゆる、懐かしいガラケーというブツである。
興味本位で裏をちらっとひっくり返すと風紀と書かれたシールが貼り付けられていたけど見なかったことにしたい。


「…風紀委員御用達電話ってヤツですか恭弥さんや」
「入れとは言わない。それ貼ってあるけど僕個人のだから」
「じゃあ余計受け取れないよ」

返そうと思ったのにぐいっと押し込められてしまう。ぐぐぐと暫くの押し問答。
恭弥も引かなければ私も引かない。ハァ、ととうとう溜息とともに折れたのが恭弥だ。「強情な子」といわれたけれど知らない。

例えばこれがリボーンからのものなら正直言って素直に受け取っていたのかもしれない。ボンゴレだったら何か大人の世界だし甘えてもいいかなあって思うけどこの人は恐らく一般家庭の人だと私は信じてるわけで。

いやそんな難しいことより何よりも中学生に大人の私が色んな物を与えられてばかりいるこの現状は流石に不味いんじゃないかって思うわけだ。
一旦引いたと思った恭弥はまた少しムッとした様子を見せる。まだ諦めたわけじゃないらしい。


「連絡取れないのが面倒だと思っていたからね。持っておいてくれると僕も寄りやすいし」
「…」

方法を変えてきやがった。
彼がここまで言ってくれるのだから受け取らないのも失礼なような気もしてきたあたり私も大概甘いのかもしれない。

…そういうこと、ならば。
学校に近いとは言え確かに突然来る前に連絡をもらえた方が用意はしやすいし何かあった時はこれは便利なのかもしれない。それに私が持ってきた携帯は未だにこの世界では使えないのだ。そういう事にするとして、今度はちゃんと受け取った。ガラケー触るのすごく久々な気がする。カチカチとボタンが押せてちょっと楽しい。

あ、でもお金。私の言いたいことがわかったのか口元を微妙に歪ませると「経費だよ」とこれまた怖いことを言ってきたので聞かなかった事にした。そういえば私の用意してもらった夏服だって入手ルートは闇だったっけ。

ありがたく鞄にそれを入れると、朝急いで突っ込んだままの袋が目に入った。そういえば今がチャンスだ。


「これね、恭弥にあげようとおもって」
「…何、これ」

きょとんとした恭弥に渡すとガサガサと音を鳴らし可愛くラッピングされた小袋から出てきたのは小さな黄色の鳥のストラップだった。
買い物に行ったとき、ディーノさんと一緒に行った雑貨屋で見つけてつい衝動的に買ってしまったものである。


「…あ」

そして、恭弥が不思議そうにそれを見た今、このときになってそれが致命的なミスだということに気付いてしまった。

私ったらうっかり恭弥は小動物が好きみたいなイメージを持っていたわけだけど本人は一言たりともそれを言っていない。そしてそのストラップを買う時に思い浮かんだ、恭弥が可愛がっていた鳥は今は未だ彼の前に登場していない事を。物事には流れというものがある。この時期ではまだ色々と早い。

『ヒバードに似てるでしょ』なんて説明することもできず冷や汗をタラタラと流す中、恭弥はふうんと一言呟くと何を思ったのかポケットから自分の携帯を取り出して器用にそれを取り付けた。…おそろいの携帯だ。


「うん、悪くない」
「…良かった」

本当に、心の底から思った。今度から気をつけます。いやホント。



「…コレ、何ていう鳥なの」
「えっ私もわかんない」
「…」