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床に押し付けられ馬乗りにされたままで、抵抗しようにもビクともせずどうしようもない。
パッと突然真正面からライトで顔を照らされ反射的に目を細めるとハッと息をのむ声が聞こえた。


「…こいつ綺麗な顔してるよなあ」
「死神だなんて言われてますよ先輩」
「俺達の恨みなんて知らずに上ばっか見てるからこうなるんだよなぁ」

冷たい床から上を、男の子達全員を見ることは難しいけどこの教室には今、最初の3人どころか何人もの人がいることが確認できた。
この人数はどうやって集められたのだろう。
恭弥を確実に倒すためなのか、それとも押切に対して何かをしようとしたのか、…あまり考えたくないけどさっきの話し方からして私を囮にしたかったのかもしれない。
それを考えれば恭弥の姿であれ中身が私でよかったと本当に思う。足手まといは、絶対に嫌だ。


「風紀委員長様ももう終わりだなァ」
「早くやっちまいましょうよ先輩!」
「待てよまだ全員集まってねーんだ」

楽しげな笑い声。
会話の中でまだ人が来るのだということは理解した。それだけ風紀委員が、…恭弥が憎いのだろうか。彼ら全員が何をされたかは知らないけれど、きっと恭弥は恨まれる理由はある。それは…分かる。

風紀委員といっても不良軍団といわれているだけある。筋を通しているところはあるかもしれないけれどやり方が暴力なのだから。
目には目を暴力には暴力を。やられた分だけやり返される可能性が発生する。それは仕方がない。それを覚悟しての手段なのだろうから。

けれど、


「明日からは俺が風紀委員長かなあ!ハッハッハ」
「…そんな訳、ないだろ」

彼らの言葉は、聞くに耐えない。
さっきから聞こえてくる恭弥の悪口も、風紀委員を軽んじるその言葉の何もかも。
怒りが沸々と身の内を焦がす。ああ、そういえば私、この世界に来て怒ったこともほとんどなかったなあ。これだけ怒りを感じるのはきっと、…彼だからだ。


「君達なんて…全く怖くないからさ、”雲雀恭弥”の悪口も、風紀委員長の席も譲ってあげないよ。これは、…雲雀恭弥の誇りだから」
「っるさいうるさいうるさい!」

身をよじって私の上にのしかかる男の子をギリッと睨みつけると力が弱まった。

…動ける。
そう思った時には身体がとんでもなく軽くなったような気すらして反動をつけて動き身を起こす。拘束している男の子はその衝撃で後ろへと倒れ、そして突然の私の抵抗に周りがたじろいだその瞬間を私は見逃さなかった。
クラウチングスタートの要領でダッと一直線に懐中電灯を持った男の子の前まで移動すると、その腕を狙い勢いをつけて手刀を落とす。


――ガチャンッ!

その手から離れたライトが床に落ち、割れた音が響く。
それと同時にタイミングよく月が雲に隠れ教室は一瞬真っ黒になった。大丈夫、運は私に味方をしている。
お行儀悪く近くの…偶然にも一番隅っこにあった私の机を蹴飛ばすと、隣接していた机も大きな音を立てて男の子たちの方へと倒れ私と彼らの間を阻む障害物になる。


「っ!おい待て!捕まえろ!」

今ほど、自分の与えられた運動神経に感謝したことはない。
男の子達の声を当然ながら無視し、ドアを開き廊下へ出ると決まった行き先もなく走り出した!





すべての物事は繋がっているのだと走りながらぼんやりと考えていた。
こうやって暗い廊下で一切迷うことなく走っていられるのも、挟み撃ちにならないよう慌てることなくルートを変更できているのも部活勧誘から逃れるために校舎を何周も走り続けていたお陰だ。

この足の速さも、判断能力も、それから後ろで大体何人が走っているのかなんて考えられているのは押切の恵まれた能力なのか、それとも恭弥の能力を借りられているのかはよく分からない。
間違いなく私本人のものではないことだけは確かだ。けれど、それだけは今、とてもありがたいと思う。


「いたぞ!こっちだ!」

どうやら突然の私の行動で二分どころか、何人かで分けられているようだ。
トンファーを持たず私が走って逃げていることで勝機を感じたのかもしれない。だけどそう感じているときこそ、私が勝つチャンスでもある。ヘラヘラと笑いながら走っていく子達に油断は、隙は、絶対に、できる。
少人数ずつならば、…もしかして。


一部の人間が着いてきていることを確認すると図書室へと入り込む。
奥へ奥へと入り込んで、図書室に一緒に入ってきたのが3人であることを目で確認した。…さてどうしたものだか。
狙いの最終地点が恭弥であれ、とりあえずあの写真とメモの渡し相手が押切だったのだと知った今、恭弥の姿をしている意味はない。
けれどこの格好、でざいなーずるーむを再び潜らないと戻らないことも経験上よーくわかっている。ならば私はこの格好で、今のこの姿で出来ることを探さなきゃならない。


「大人しくしろ……よっ!」
「!」

何かが振りかぶられ、とっさに腕で顔を庇う。
スパッと切れたそれがナイフだと把握するも、続いて目の前に飛んできたのは金属質の長い棒みたいなものだった。


ガキンッ!

今私はこの世で一番幸運なのかもしれないと思った。
偶然にもここは図書室で一番仄暗い、そしてあまり人気のない資料ばかりが置かれているところで、本棚と本棚の間が割りと狭い。私に振り下ろされるはずのそれは奇跡的に本棚で引っかかった。
思わぬアクシデントに慌てた相手に対して体当たりすると勢いが良かったのかタックルした相手と後ろにいた2人が真後ろに吹っ飛ぶ。ガンって結構痛そうな音がしたけど怪我の有無を心配している暇も余裕もない。


「(…あ、ラッキー)」

ある意味一瞬で強く逞しくなった私は素直にそう思って他に誰もいないことを確認するとすぐにその場を動く。息をつく暇すら今は与えられていない。

素早く廊下へと出て図書室を施錠する。
並盛の歴史本だの、マップだのを借りてはコピーする為に日々図書室に通っていたおかげで司書の人の信頼を得て鍵の場所を知っていたのが今に生きた。
きちんと閉まったことを確認すると鍵をポケットの中へ。また明日返さなくちゃならないからね。あ、でもちょっと図書室荒らしたから怒られるかも。


「開けろ!雲雀てめえ!」

すぐに私の後を追ってきたものの内側から開けるための鍵がなく焦った様子でバンバンと内側から叩く音。
重要な歴史本も、特別な蔵書なんかもあるらしい並盛中学校の図書室はなかなか厳重な作りのドアであることが役立った。
この男の子たちの声に気付いてすぐに次がくるかもしれない。よし、と気がつけばガクガクと震えている自分の身体を勇気付けるために声を出すと休む暇なくまた廊下を走りだした。