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「…お前よくそんなスタンガン持ってたな」
「改造したんスよ!格好いいっしょ!」

ところで私がこの世界にトリップした時に得られた特典というものがある。

”でざいなーずるーむ”を潜ってコスプレをした姿は誰であっても本物だと他人に認識されてしまうこと、という現象は割と始めから分かっていた。…もうこれはもはや特技か特殊スキルなのかよくわからないけど。
それから押切として、普通の人よりも格段に運動神経がいいこととあともう一つ。

怪我をしにくい身体になったということだ。
…私がこの世界で怪我らしい怪我をしたのは2回。

『やあ会いたかったよ偽者』

この世界にやって来て間も無いとき、恭弥の容赦ないトンファーの攻撃を手首で受けたことがある。
あの時は何より私が必死だったし恭弥も手を抜いていると思ってたからそこまで不思議にはならなかったわけだけど、結局彼との戦いで私に傷がついたのは手首をトンファーで打たれた時の打撲。『骨を折るつもりだった』らしいと後から教えてもらったけれど結局青痣で終わっていて、これだけだったら単なるラッキーだと思っていたわけだ。

そして、

ちゃん、大丈夫!?ごめんね、私がトロいばっかりに…」
「全然大丈夫だよこんな怪我。京子ちゃんを突き飛ばした事の方が私は辛くって…」


倒れたバスケットゴールから京子ちゃんを守った際に転んで捻挫したことになっているけれど、あの時、実は私はあの大きな物から避けられることなく身体にリング部分が直撃している。
突然のことだ、そんな俊敏に動けるわけがない。
間違いなくあんな重いものが勢い良くぶつかれば救急車レベルだろう。…普通であれば。
私も痛みがほとんど感じられず、ああとうとう感覚が麻痺してしまったのかと嘆いたぐらいだ。
だというのに結局は身体に傷は全くなく、何故か転んでしまった時の捻挫のみが残った。
スーパーラッキーガールと称えられたけどそうじゃなかった。ラッキーはそんなに何度も続かない。当たらなかった訳ではない。当たったけど、怪我をしなかったんだ。


色々な謎が私の…いや、リボーンの世界へ来て色々と変化を遂げてしまった押切の身体にあった。
そして、――個人的に出した結論として、この身体は運動神経がいいだけじゃなくて人よりも痛覚が鈍く、そして怪我の仕方によってはとんでもない頑丈さを発揮しているのではないかという仮定に行き着いた。
もちろん転べば捻挫はするし、さっきの図書室での出来事みたいにナイフで腕を切られば血が出るんだから今までそれに気付いていたとしても深くは考えてこなかったんだけど。


「( 最初から、…異端だったわけだ)」

気が付かなかっただけで。気が付かなかったフリをしていただけで。

原作に関われていない私にこんな特典があったとしてもあまり関係ない問題だろうと考えていたのに今はまさにそれに救われていた。

殴られたり、蹴られたりしているというのに痛むところは恐ろしいことに1つもない。
とはいえ、さすがにとんでもないものを持っていた男の子の攻撃には力が入らずコンクリートにうつぶせになった私は彼らの声を静かに聞くしか今は出来なかった。


「武器無しでもこんだけやれるなんてやっぱりとんでもねー奴だなあ」

目をつぶっている今、余計に神経が過敏になっているせいで分かる。
どくんどくん、と脈打つ度に何処からか血が流れているような気がする。さっき図書室で切られたところと、それに加えて倒れた衝撃で口の中を切ったのだろう。血の味がして気持ちが悪い。


「派手に俺らを倒さなかったのはやっぱり押切って女が大事だったのかねえ」
「普通の地味そうな女ですけどねえ。あ、でもこの前の写真の時は別人かと思いましたけど。言う事聞きそうな奴が好みなのかも」

…あの時、学校の中で嫌な予感がしたのはこれの所為だったのか。私の感覚も馬鹿にはならないな。

雲雀恭弥という人間が倒れている所為で気が大きくなったのか、彼らの笑い声は大きくなり先程までの静寂は何処へやらガヤガヤと煩くってまた結構な人数が集まっていた。

結局どれぐらいの人数が集まったのだろう。
応接室で撒いた人もいれば、図書室にまだ閉じ込めている人もいる。今日という日のために、周到に準備をしてきたに違いない。

「こいつが恋愛沙汰ねえ」と静かに呟く男が倒れた私の背中にドスンと足を置く。ワイシャツに足跡クッキリ残ってるだろうな、なんてちょっと不快に思っていると風紀委員の腕章を引っ掛けるように触れる。私が作ったものとはいえ、恭弥に関するものだと思うと半ば反射的に腕を振るって足を払うと辺りで誰かがヒッと息を飲んだ声が聞こえた。


「!っ、起きて…っ」

あ、しまった。
無理やり起こされるとすぐに取り囲まれ、後ろから羽交い絞めにされる。
グッと前髪を引っ張られ強制的に上を向かされると目の前にいた大柄の男が「始めようぜ」と楽しそうに関節をパキパキと鳴らす。


――バキッ!

私が受けたはずの拳は、驚く程に痛みはない。けれど顔を殴られたことによって一瞬視界がぐわんぐわんと回ったり歪んだりと脳が大変なことになっていた。
痛みは感じなくても身体が受けたダメージというものは蓄積はする。喧嘩をしたこともなければこんな殴り合いの場面に立ち会ったこともない。
それはとても変な感覚だった。

痛くないけど、殴られる感覚はある。
痛くないけど、蹴られる感覚はある。


半ば夢心地、…そう、夢を見ているみたいなそんな感覚に近かった。
それでも見る限り打撲傷はほぼ増えず、その変わりに暴力を受ける衝撃でぽたりぽたりと垂れ、相手へと飛び散る私の血。ガヤガヤと楽しげに私に暴力を振り続ける男の子達。

顔が、腕が、蹴られ、何かで殴られ――その都度、痛みも大きなケガもできない自分の異質さに心が恐怖に震える。
でも湧き上がったのはそれだけじゃなかった。


「……んで、私がこんな目に、」
「ああ?」

怒りを感じる事は今まで生きてきた中でもめったになかった。
私の世界においては泣くこともなかったし、笑ってばっかり、楽しい生活をしてきたつもり。そういう風に生きてこれるよう、それなりに努力もした。その努力は少なからず報われた。

なのに、どうしてこの世界は……原因もわからないまま苛立っても仕方がないとは思っていた。どこか言い聞かせているところがあった。リボーンの世界に怒るなんてお門違いだとは分かっていた。


「(…だけど、)」

だけど、だけどだけど、だけど。
今の場に置いては違う。
恭弥の姿になってから沸々と身の内を焦がし燻り続ける私の怒りは、彼に対し卑劣な行為をしようとしていた目の前にいる男の子たちにへと向いていた。
初めて具体的な何かに、向いた。
初めて対象者に、それを向けた。


「赦さない」

自分の口から呟かれた言葉は恐ろしい程に無意識で、ぞくりと身体が震えたのはその時だった。
それの正体は分からなかったけど何故かその瞬間、身体が羽のように軽くなったような気になっておもむろに両腕を振り上げる。


「ぐあっ!」
「て、てめえ…っ!」

…驚くほど簡単に、私の腕を拘束していた男の子が後ろに転がった。とんでもない怪力を手に入れたかのように、後ろに吹っ飛ぶ男の子を見届ける。

気が付けば、周りが私の事を怯えた目で見ていた。
私は自分でも驚くほど、何も感じてはいなかった。