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自分の足で立ち上がる。睨みつける。力が湧いてくる。
漫画の主人公ならばきっとここで悪人を倒す必殺技なんかを繰り出して現状を打破するだろう。けれど私は主人公どころか厄介者だ。彼らにとっては悪人であり、恐怖の対象だ。
恐れているのは私…いや、雲雀恭弥がスタンガンで気絶していなかったことだろうか。これだけ攻撃しても倒れないことだろうか。
再度取り囲まれたこの状況、それでも負ける気がしないのはこの不思議な感覚のおかげ。今まで感じたことのないこの、内部から溢れてくるような、それでいて少しずつ放出されているようなこの感じは何なんだろう。


「っ、ば、化物!」

何でもできるかもしれない。ちらりと考えたものの、誰かの悲鳴に似た声にハッとした。
それと同時にさっきまでの怒りが驚くほどに小さくなっていく。
私自身が化け物だと憂いたと同様、誰かにその名前を言い当てられたからなのかもしれない。


私は、何者なの、だろう…なんて。

誰かが教えてくれるはずもない。
今まで平穏に平凡に生きてきたというのにこの世界にやって来てから自分が自分ではないような、私でも理解のできないことをしでかす化け物なんて。
……元の世界に戻らなければ化け物の、ままで?元の世界へと戻ったら普通の人間であれるのという保証はない。脳裏に過ぎったのはそんな、一抹の不安だった。

何もかも楽観的に考え生きてきた結果がこれだ。何が難易度マックスの脱出ゲームだ。そもそも出口は用意されていたのか。そもそも私はどうして…は、今更考えたって実際起こってしまっているのだし元には戻れない。じゃあ私は今後どうしていくべきなのか。答えは簡単だった。


「(取り敢えず、目の前の人たちをどうにかして、から…)」

それから、彼に…恭弥に、すべてを話そう。
怖がられてもいい、気持ち悪がられてもいい。理解者を増やしたいわけでもなく、ここから元の世界へ帰るための手助けをして欲しいわけでもない。

ただ私がやってはいけないと決めたのは原作を乱すこと、それだけだ。
ツナ達の邪魔はしない。リボーンには出来るだけ関わらない。だからといって恭弥になら何をしていいというわけでも無いことは当然わかっている。けれど、…きっと私が何を話したところで彼は不動なのだろうとぼんやりと感じることは出来た。
――まさかこんなところで気持ちの整理をさせられるとは思ってもみなかったけどさ。


何だかとても不思議な気持ちになりながら改めて周りを見渡した。
皆私服だったけれどどうも中学生ではないような人達も見かける。さすが風紀委員と言ったところなのだろうか。多種多様の恨みを買っているようで。
ああ、でも私を見る目は全員、恐怖を感じている。私の一挙一動に怯えている。恐れられるってこんな感じなんだなと思いながらも、それでも彼らの手には力強く他人を…今の場においては私を傷つけるための、道具が握られていて。


「化物はどっちかな。…君たちの顔は覚えたよ。後悔したくなければ大人しく…っ!」

頑丈さは手に入れたとしても、身体が重くなったわけじゃない。私の身体は大きな男の子の一蹴りで見事に吹っ飛ばされる。ガシャンと大きな音がして私はフェンスへと叩きつけられた。
落下防止の役割を果たすために設置されている頑丈な筈のフェンスは私の身体を受け止めてくれたけれどなぜだか大きく揺らいだ気がした。


「っぐ、」
「…暫く入院でもしてもらった方がいいかもな」

そういえば屋上のフェンスが老朽化してて一部立入禁止になっている場所があるって確か誰かが言ってたような、……ニヤリと男達の笑みが嫌な予感を肯定した。

――っていやいやいや君たちちょっと落ち着いて。
流石に恭弥であってもここから落ちたら流石に死ぬ可能性の方が高いし、若いと言っても殺人犯になるのには少し早いような気もするよ。思い返したほうがいい。いやここからフェンスと一緒に落ちたらそりゃ事故になるだろうけど。

そうは思っても口から出てくるのは血反吐のみでどうしようもない。
私なら生き延びるのだろうか。こんなところで捨て身の実験とかしたくなかったんだけどなあ、なんてくだらないことを考えている間に、
「せーのっ」男の子達の遠慮のない蹴りが私ではなくフェンスへと繰り出され、


ギィ、ィィ…ッ!

フェンスが外側へと、有り得ない角度へ傾いた。
それに身体を預けていた形の私は重力に従い共に落ちていく。


「……っ!」

ゆっくりと建物の外へ放り出され、宙に浮く感覚。
すべてがゆっくりと、スローモーションで動いていた。
早くも後悔に溢れている表情を浮かべている男たちにむかって指をさした。もう遅い。
これは流石に予想外だったなー…ハハ。


「…ごめん、恭弥。」




――――ドクンッ。
突然心臓が大きく跳ねて雲雀は後ろを振り返った。
ちょうどさっきやって来た何人かを倒し廊下から放り投げ草壁に連絡をとった。間もなく彼らがやってきて気絶した人間の名前やらなにやら全てを調べるだろう。明日には全て終わる。
久々の運動にはなったかな、と応接室に鍵をかけ今からのところへ晩御飯でも邪魔しようかと思っていたこんな時に。この、嫌な予感は何だ。


「……?」

駆け出した先は学外の、それでも目の前にある家だった。


―――もし、もしも。
この時に彼が学外ではなく学内へと足を運べば。
嫌な予感を持ったまま彼女へと電話をかければ。
耳を澄まし僅かな音に気にかけていれば。

間にあったのかもしれない。


しかしそんなことを知るよしもなく。
雲雀はただ闇夜、彼女との家へと走ったのだった。


少し離れたその先で、落下音が響き渡る。