08

今すぐ私に眠気がくるようにと本気で念じたのはイベントの前日以来だった。
だいたいこういう時って、興奮しすぎて眠気がこなくて。深夜になって気を失ったかのように眠っていたような気がする。そういう日に限って写真にはクマがうっすらと出来ているのは記憶に新しい。

今回もそれは例外ではない。
必死に暗示したにも関わらず獄寺がこっちを見ているのが十分にわかって、逆にそれが気になって仕方なく一向に眠気が来ない。
こんな事をしながら夢を見ているのだからきっと寧ろ夢から覚めるよう痛みを受けたほうがいいんじゃないのかと思っているけれどそんな冷静に物事を考えられるほど私も余裕はなかった。

とりあえず寝た振りだけでもしておこうと目を瞑り続けると彼はこれ以上何かを言うのを諦めたのかカーテンを閉めた。
遠ざかっていく足音に安心した、そのときだった。


「っひ!」

獄寺の息をのむ音に薄目を開ける。扉のところで誰かと鉢合わせしたみたいで何か言い合っている声が聞こえた。
もしかしたら私の知る人かと思って目を開け、耳をすますと。


「そこに、偽者がいるんだね」

グングンと体温が急激に下がった音がした。
あ、やばい、これはまずい。私この声とっても聞き覚えがある。
どくん、どくんと心臓が煩い。これは興奮じゃない。身の危険を知らせる音だ。

未だに夢だとは信じているのだけれど、いやもしかしたらリボーンの世界に入り込んでいるのだって何となく信じがたいながらに信じざるを得ない状況になっているけれど、
皆が私を雲雀恭弥だと認識しているなかで本物に会うだなんてそんな美味し…いや間違えた、怖いことできるわけが、ない。

ついさっきまで私が雲雀だ!みたいに成り代わり説を唱えていたのにそんなことは一切なかった。
私はただのコスプレ女だ。本物が来て、そして私を見たらどうなるかだなんて分かったもんじゃない。

半ばパニックになりつつも布団の上に置いてあった学ランを皺がつかないようにハンガーにかけてカーテンレールのところに掛けると、2人がいる方向とは逆のカーテンを開いて

開いて。


「いでっ」

冷静に考えて、どうやったとして逃げられるわけがなかった。
だって保健室だもの。
向こう側に逃げたとしても数秒、本人とご対面になるのが後になるだけだ。

――だと言うのに、カーテンの向こうはもう一つのベッドではなく気がつけば私は自分の部屋の中でステーンと転がっていた。


「…えええ」

驚きのあまりに言葉が出てこない。
そしてついでに脳がついていかないけれど、とんでもなく貴重な体験をしたんだということだけは何故か把握した。

あれがもしも本物のリボーンの世界ならもっとやっておくべきことがあったんじゃないかと少しだけ残念な気持ちもあり。
会いたい人だっていっぱいいたのに私ったら獄寺に掴みかかって訳の分からないこと喚いただけじゃない。

後悔に早くも頭が痛い。

ああそう言えば忘れてたけどぶつけた後頭部は大丈夫かしら。姿見で確認しようとしてウィッグをまだ被っていることに気付く。
いつものような締め付け感が全くないことに驚きながらもどうにか頑張って確認してもどうやら傷もないみたいで。


「…怪我がなかったのはウィッグのお陰なのかしら」

いつもの蒸れている感じもないしウィッグネットを外しても髪の乱れもない。今日に限って変なのって思いながら、風呂場へ向かった。

…きっとイベントが近付いてきたから白昼夢でも見たに違いない。
そう思いながらワイシャツを脱いで…普段じゃ絶対にしないその匂いに眉を潜めた。

「火薬臭い」
(いや、そんな、まさか、ね。)