「お前のこと、迎えに来たんらびょん」

真人くんに向けてではなく、私に向けて、彼の手は出された。
言っておくけれど私の今の勇気ある行為は日本に戻ってきて初めて行使したのであって他の何処ででも見せた覚えはない。つまり、今の動きをどこかで見られていたとでも?あらやだ気がつかなかったわ。

「私は高くつくわよ」
…この人達は」

真人くんが恐怖に顔を引きつらせながら、私の腕を引っ張る。…そう、貴方をここまで変えてしまったのは彼と、彼達なのね。別に真人くんを守ろうだなんて正義のヒーローぶった考えを持ったわけでも無いけれど、目の前の人はちょっぴり、危険ね。
自分の身は自分で守れと教わったんだからかばわないといけない義理はないけれど、実力も分からない内に真人くんを後ろにして戦うのも、ちょっと。

そんな事を思っているといきなりその目の前の男子生徒は私に突っ掛かって来た。…比喩じゃなくて、ほんとにね。さすがの私もそれにはびっくり!ガルル、なあんて頭の悪い鳴き声に思わずクスリ。

「…普通の人じゃないれすよね?」
「君もね」

彼から繰り出される容赦のない蹴りも紙一重で避けて。その素早さはどうやって手に入れたのかしら。どうやったらそんな風になれるのかしら。ああ教えて欲しい。
世間一般の男子の素早さの認識を改めるべきかしらと、一直線に走ってきた男の子の右足を踏みつけ、膝を後ろに蹴り上げる。止まるついでに膝蓋骨でも骨折してくれればいいのにという私の軽い期待を裏切りすばらしい宙返りを見せて私と距離をとった。

だんだん自分の顔がにやけてくるのが分かった。仕方無いじゃない、私は一般の女子生徒でありそして

「相手してあげるよ。おいで」

戦闘マニアといわれていることも、ある。相手が体当たりしてくるのを軽くいなして隙だらけの背後を狙う。ただ相手が普通の人じゃないから、強く蹴っても骨の折れる音がしない。
わあ、すっごく丈夫!こういう喧嘩友達が身近に欲しかったの私!

「ねえ君なんて名前なの?」
「…城島犬」
「犬くんか。ねえ、私とお友達になってよ」

少しきょとんとしたようだけど私何か変な事でも言ったかしら?未だ戦いながらなんだから緊張感と雰囲気ぶち壊しの台詞だということは何となく分かったんだけど。
それから犬くんはヒャハハと頭のわるそうな笑い声を出して攻撃を止めた。というよりはきっとこの人は頭が悪いのだ。きっと。恐らく。
そうして、犬くんは私にまた手を伸ばす。

「俺と一緒に来てくれるならいいれすよ」
「ん、行く行く!」

真人くんと目が合った。不思議そうな顔をするのも仕方ないと思うわ。私は守ってもらってばっかりの子だったんだし、何よりこの展開についていけないに違いない。私は昔とおんなじ、にんまり笑顔を真人くんにむけた。

「真人くんの知ってるはあの時、死んだよ」
「な…」

笑いながらさっき倒した男子生徒達の上を再び踏み付けて、犬くんを引っ張る。
わけの分からなさそうな犬くんはやっぱり分からないといった表情で私に手を引かれるまま玄関の方へ足を向けて。
尻餅をついている真人くん、気絶してる数名の男子生徒、それを背景に私服の私に犬くん。こんなおかしな光景はこれ以降きっと見られることはないだろう。

真人くん自慢してもいいんだよー私がこうやって笑ってるのに、無傷でいられる力の弱い男の子なんて真人くんだけなんだから。

、引越し先に何か‥」
「引越し。ああそういう事で片付けられているのか、私は」

成程ねえ。そういう事になっているのならば否定はしないでおこう。

「私はもう、あの時のじゃないのよ」

犬くんの手を引っ張って校舎に入った。犬くんは舌をだらしなく垂らしながら「やっちゃ駄目れすか?」って聞いて来るものだから、真人くんに手を出したら殺すわよと脅しておいた。

「ひゃっは、怖いれすね」

あまりそんな事を思ってる訳でも無いくせにそう言った犬くんは真人くんに対して「助かりましたね、羊さん」と手を振った。…羊?ヒツジ‥日辻‥ああ、ばかな人なのね。分かってないんだわ。
そう思っていた私の視線に気付いたのか犬くんは「分かってないのはれすよ」と言ってきた。

「羊、羊、俺たちの生贄、スケープゴート!そしては羊飼い」
「…」
「そして骸さんは支配者。は支配者に気に入られた哀れな羊飼い」

何にも分からないままだったけどただ聞き流すにはその言葉は私をあまりにも馬鹿にしてるような気がして、一発手にしてた棒で殴った。
きゃいん!なんて言ったけどそんなの知らないわ。私は羊飼いなんかじゃないもの。

「支配者も飼ってあげようじゃないの」
「‥変なおんな」
「あんたもね」

それじゃ犬くんご自慢の飼い主様に会いに行ってやろうではないですか。
あなたが直接出向かず、犬くんみたいな頭の弱い子にお迎えさせた事を死ぬほど後悔させてあげましょう。
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