4
「ようこそ、いらっしゃいました」 クフフ、と優しく笑う落ち着いた声とそれに見合った整った容貌に思わずほぅと息をついた。 犬くんによる飼い主様の自慢を聞きながら結局どんな人か想像もつかないままに連れてこられた教室にはその人一人だけだったから犬くんの言う支配者とはこの人なのだろうとは理解できたけれど一体どうして現れる人間全員がこうも美しいのかしら。ああ眼福。 「びーっくり」 「…面白い人ですね」 ありのままの感想を述べたというのに笑われてしまって少し悲しい。 それにしてもほんとにびっくり!どんなおっかない筋骨隆々の大ボスが現れるかと思いきやこんな普通な人だなんて。 いやいや見た目と力が比例している訳じゃないのは重々承知はしているけれども、それでも今目の前にいる彼は犬くんとは違って武力よりは知力の方が高そうな、そんな感じかしら。 「僕を恐れないのですね」 「怖がって欲しいのであれば仕切りなおしでもしましょうか」 「まさか!僕はそんな大それた人間だとは思ってもいませんからね」 そうね、と内心嗤う。 この同年代の集まりにおいて一端での会話だけでも彼は少し面白そうな気がして私は大層、気に入った。どうやら犬くんよりは多少話も通じるようだしよくよく見るとその細い腕もきっとそこそこの筋力も備えているでしょうという予測も出来たし――言うなれば合格点。 この日本の、この場においてのみ。そういう条件下であればこの人の下についてやろう、と今の私の心を動かす程度には彼は魅力的だった。 「あなた、お名前は?」 「六道骸と申します」 綺麗な指がチョークを握り黒板にすらすらと文字を描く。ろくどうむくろ、平仮名にすると優しいのに漢字にするとおどろおどろしいわねと思いながら、しっかりと名前を覚えて私は優雅に座る彼の前に立った。 「あなたの下につきましょう」 「ほう」 「この学校の支配者と聞いたわ。お手並み拝見というところかしら」 「僕が君にとって気に入らない存在であれば?」 何て楽しいやりとりなのかしら! 穏やかな会話の端々に感じられる殺意に好奇心が心地よく刺激される。決してぬるま湯に浸かってきた訳ではないけれど、こんなあからさまに信用されていないぴりぴりとした空気なんてすごく久し振りでつい手に力が入った。 もちろん油断してた訳じゃなく犬くんが崇拝している時点で只者じゃ無いと言う事ぐらいは分かってた。けれど私の予想以上に支配者のこの人は綺麗で…そして強そうだった。 「もちろん、私がこの学校をもらうわ」 「…それはそれは、」 「こんな学校ぐらい手に入れなくちゃ生きている価値なんて無いもの」 強そうなのでこの人の側にいてみるのも一興だし、目標は大きければ大きいほど燃え上がる。彼は決して食される側の草食動物ではないけれど私は貴方を獲物としましょうか。 あの方は楽しむのがだいすきなんだもの!私だって楽しんでもいいわよね? 強ければ仲間に取り入れ、弱ければ倒せば良いだけのこと。ああなんて楽しい学校なのかしら。真人くんもいることだしこの学校ライフはきっと私にとって有意義なものになるのに違いない。 「宜しく、骸さん。貴方はこの学校で三人目に私の名前を呼んで良い人よ」 「‥その前は?」 「真人くんと犬くんね。…そうそう、彼に手を出したら殺すわ」 釘を刺すのも一応忘れずに言うと、骸さんも犬くんと同じように笑った。 どうやら本気だと思われてないみたいで少しむくれてみせる。 「それでは守り切ってみせると良いですよ」 「分かったわ」 楽しいやりとり!楽しい友達!充実した学生ライフを、となんて皆に言われてこっちにやってきたけど此処はまさに私にぴったりな学校に違いない。いえ、そもそもこういうところなんだって知ってて寄越してくれたのかしら。 ナイフを後ろ手に持った私と、変わった形の槍をいつの間にか後ろ手に持った骸さんと。 きっと場慣れしているに違いない。またいつか機会があったら聞いてみよう。 「あの人は私の、」 「日辻真人は僕の、」 「「希望なんです」」 彼を骸さんの手に渡らせる訳にはいかない。 真人くんは私の希望、骸さんにとって彼をぼろぼろにすることによってこれからするのだろう何かを始める為の‥犬くんの言葉を借りたらスケープゴートにすぎないのだろう。 「、君はこれから僕のものだ」 リンと音が鳴って驚けばいつの間にか首から黒いシンプルなチョーカーがついていた。例えば飼い猫につけるような、鈴付きで。 こんなもので私の行動を制御できると思っているのかしらと彼を見返したけど他意は無いようらしくただ彼所有のものの証という意味でつけたようで、似合っていますとその綺麗な顔が歪められた。 「クフフ、君は僕によく似ている」 「‥同族に惹かれたのかしらね、奇遇な、」 ガッと腕が伸びてきたのも避けることせず、骸さんの大きな手に首を掴まれて。 「…けほっ」 「君は、とても可愛いらしい羊飼い」 綺麗なオッドアイと目が合いしばらく私はうふふと笑ってあげた。 だってこの人ならチョコレートケーキをたっぷりくれそうだし何より綺麗なのだもの。どれだけの間その姿勢を保っていたのか分からないけど私はそのまま意識を失った。 何故かって?もちろん呼吸が出来なくなったからに決まってるでしょ。 ――――チリン。 「楽しい生活が出来そう‥ですね」 (聞こえたのかそれとも幻聴か。) |