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ランチアに手を引かれ、私は街へと戻った。
先程の疑問は深く聞くことではないのだと理解して、私は平常通り を努めた。一緒にカフェに入って苦いコーヒーを飲んで少し大人っぽさをアピールしてみたりしたけれど、そんな事はランチアにはすっかりバレてしまっていて「まだまだ子供だなあ」と笑われた。
そうやって目元を細めて笑う彼の表情を見ると、ああイタリアに来たんだなってしみじみと思う。
私のことは散々子供扱いするクセに帰りには決まって真赤な薔薇を用意してくれるあたり、本当にずるいと思うの。


花束を両手に抱えて、ランチアと一緒に夜道を歩く。昼間の屋敷での話は一体何だったのか結局聞く事も出来ず、私はランチアの顔を横目で盗み見た。
端正な顔立ちの彼は日本の男の人なんかよりも100倍は強いし、うんとうんと格好いい。それでもって喧嘩も強いから、あのいい人たちを守るお仕事をしている。
なんって素敵なんだろう。私も強くなってランチアの隣にいたいと思うし、でも黒曜で真人くんと一緒に登校してたっくんを崇拝することも捨てがたい。
なんて幸せな悩みなのでしょう!


『ん』
『お前には会う必要のない人間も、見なくていい世界もある』
『うん』
『アレは、そういう事だ』

主語もないし、特に詳しい説明もないからよく分からないけれど、そういう事らしい。
つまりはランチアのボスさんが拾ってきた子供というのは私には関わる必要もないし、見なくていい世界だという。
難しいことを考えるのは苦手だし、何よりランチアがそこまで言うのならと私は幼いながらに『うん!』と答えてランチアを安心させて別れた。

いい子だ、なんて頭を撫でられて有頂天になっていたその時だった。




『君はあのファミリーと何の関係が?』

話しかけれたのはそれからものの数秒後で、その幼い声に振り返ると男の子が私を冷たい目で見ていた。咄嗟にランチアの姿を探したけれど、彼の姿はもうどこにも無いし大声で呼ぶことも躊躇われる。
当たり前だけど私はここで同年代の友達を作ったことも無ければ、街の子供以外見たこともない。それに、この街に黒髪で、それにこんな恨みのこもった目で見られるようなことなんて見に覚えも無い。

『あなたは、だあれ?』
『僕の質問に答えなさい』

小首を傾げて、わざとらしく聞いてみても彼はそれを許すことがなかった。何もかも見透かれているような、そんな目。正直、自分と似たような人が現れるなんて思ってもみなかった。…いえ、それ以上に何かもっと大きくて暗い、

『…私の父は医者で、あのファミリーのボスの恩人とだけ聞いたことがあるわ』
『成程』
『ボスは私の父に命の恩人だと感謝をしてくれたけれど、貴方は拾われたというのにボスに感謝はしないのね』
『ほう』
『その恩恵を当然と思って受けている理由でも無さそうだけれど』

取り巻く環境がそうさせたのか、私は同年代のこどもよりも打算的で、語彙力にも恵まれていて、それから少しだけ頭の回転が早かった。
だから、何となく分かるの。
この人が、ランチアが私に見せたくない世界の人だと。だけど正直に答えないと恐ろしい目にあうんじゃないかと不安になってしまったのは事実だし、それでも一言、二言好奇心に負けて言葉を加えてしまったのは怒りを買うかもしれないと発言後に後悔した。

『フフ、』

だけど、それは私の考えすぎだったみたい。
楽しそうに彼は笑うと、それでは本当に無関係ですねえ、と彼は呟いた。その声があまりにも冷たくて、私は一刻も早くこの場を去りたくて仕方がなくなったの。
でも、蛇に睨まれた蛙のように声も足も動かなくて、ただただ彼が歩みを止めることを祈ったわ。…その願いは、空しく。

『‥いい事を、』
『ひっ』

教えてあげましょう、と。耳元で彼はねっとりと囁いた。
私の手にある薔薇の花束の中から咲き誇った一輪を目の前でグシャリと握りつぶして、君は何も出来ない無知な子供で、だけど面白いからと。





「母さん!」

ホテルに帰ると母さんが泣いている私を見て驚きながらも強く抱きしめてくれたわ。
だから1人で行ったらダメでしょう、夜道の一人歩きは危険なのよと怒られているのをぼんやりと聞きながら、
そして冷えきった身体で母さんの温もりを感じながらも、震えが止まらないまま、私は気絶するように眠りに落ちた。
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