20
『捨ててこい!』 空気を振るわせる程の大きな声にの意識は深いところから浮上し身体もびくりと飛び上がった。何が起こったのか分からず当たりを見回すと気がつけばは大きめのボーダーシャツを着ており寝ている場所は記憶の最後にある地面ではなくテレビで見るような天蓋付きのベッドだった。 目を伏せて、思い返すもやはり記憶は蘇ることもない。きっとあの金髪の少年がここまで連れてきてくれたのだろう。 「やーだよ。こいつ面白いんだし。なっ?」 少年の楽しそうな声はカーテンの向こうにいるらしい。流暢な日本語と、大人の男性のイタリア語の会話で自分のいる場所は少年の家だろうか。 カーテン越しに確認出来るのは何人かの人影で話の流れは全くわからないが恐らく捨ててこいって言われる対象は言うまでも無く自分だろう。 チッと舌打ちの音が聞こえたと思うと人影のひとつが此方へ近付き身を強張らせると勢いよくカーテンが開けられた。 突然入ってくる部屋の明かりに思わず目を細めながら思考する前に胸ぐらを掴みあげられ、強制的に上を向かされるとそこには綺麗な銀髪がいた。 「ただのガキじゃねえか」 「…」 「ちっ、おいベル!やっぱりコイツは捨ててこい!」 その、綺麗な灰色の瞳は何を考えているのか。何もかも見透かしてしまいそうなその鋭い目はを遠慮なく見定めるかのようにジロリと一瞥すると興味を失せたのか乱暴に離す。 突然入り込む酸素に思わず咳き込むと今度は代わりに金髪の少年がカーテンからひょっこり顔を出した。 「っしし。怒られちまった。なあ、お前名前何ていうの?」 「…」 「、ね」 『うお゛ぉい!お前絆されるてんじゃねーぞ!』 どうやら声の大きい銀髪がこの件に関して大反対でその他の人は彼をなだめる役をしているようであり、はまじまじと彼らの様子を見た。 全員面白いぐらいに毛色が違ってはいるが上質そうな黒い服は皆同じで制服かなにかだろう。つまり金髪の少年が連れて来たここは家でもなく、何か、別のところということか。 会話の端々から王子だと言っていた少年はベルという名前で、銀髪はスクアーロと把握する。後ろの二人は全くの無表情でを見ていて、殺されるのではないかと身を震わせたが、そればかりではいられない。意を決して口を開く。 『助けていただいて、ありがとうございます』 『…あ゛あ゛?』 『私は、と申します。旅行に来た日本人で、たまたまファミリーの抗争に巻き込まれ両親が亡くなりました』 『おったまげー。お前イタリア語話せんの』 『少しは。‥それで、ですね』 『ただのガキ』だと彼らは侮ったに違いない。 勿論は何かに特化している訳でもないし確かにスクアーロの言う通り『ただのガキ』でしかないことは重々分かってはいるが何しろはこの状況下において泣いて媚びるような子供であることは出来なかった。そんな事をすれば放り出されるに違いないと空気で分かる。小馬鹿にしている様子だったスクアーロも突然が話し始めると一応筋が通ってはいると納得したようで律儀に目を見て聞いているようで、その自分の決断は間違いではないと身をもって理解した。 だからは正直に、運良く生存して天涯孤独になってしまった自分が生き残る術を知らないのでこれまた運良く自分の前に現れたベルに助力を求めたのだと説明した上で 無力な自分を少しおいて欲しいと頭を下げた。 が、 「それは手前の勝手だろーが」 一蹴。 相手にされないのは何となく分かっていたがこうもにべもなく断られてしまうと次の言葉が見つからない。自分はどう背のびをしようともたかだか子供で、相手は大人だ。 ベルには感じられないとても分厚い壁がスクアーロには感じられたがのへたくそなイタリア語が聞いていられないのか日本語にしてくれるぐらいには話す気があるのだと直感して。 この絶望的な状況であったとしてもが今やれることは駄々を捏ねることでも泣くことでもなく、このリーダー格であろうスクアーロと話をするころにより明日への生き道を確保することのみ。それでも結局言葉は見つからずスクアーロの気迫に負けぬよう見返すことぐらいだった、が。 「でも俺面倒見るって言っちゃった」 「白紙にしろ!」 「王子だから嘘つけねーよ」 「なら殺して無かったことにしろ!」 心強いことに自分と同じぐらいの年端であろうベルは味方についてくれるようだが、この物騒なことを言うこの人は一体何者なのか。 どうにもにとって外国の人間は年齢不詳だがスクアーロはきっと5、6ぐらいは年上でベルは同い年ぐらいだろう。あの屋敷に訪れた目的は、の友人たちを殺すと言っていたので恐らくは”その”界隈だろうと分かるが (こんな、子供だって人を殺すの?) 純粋に思ったことだったが、その裏でチクリと刺激されるものがある。 記憶があやふやで一昨日の夜の事も不確かだったが誰か、…ベルとは違う、子供と話していたような気もするのだが。思い返すほどに次は皆の死体が浮かんできて慌てて頭を振る。これは、忘れてはいけないけれど、今は思い出してはいけない記憶なのだと言い聞かせ。 気がつけば近くに立っていたスクアーロとベル以外の残り2人は呆れ果てたのかどこかにいってしまっているようで内心少しだけホッとした。 「あーじゃあさ」 口端をにんまりと上げたベルが楽しそうに提案した。 嗚呼、いやな予感がするとは思う。生憎、この手の予感は外れた事が無い。 「お前もアレ、見たら分かるよ。 んで、コイツが死ななかったら俺の好きにしていい?」 面白ェと心の底から楽しそうな笑みを浮かべたスクアーロについては頭の中でメモをひっそりと付け加えた。 このスクアーロという人間もベルと同様、非常に好戦的である、と。 |