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何につけても、全てのタイミングが悪かった。
ベルだけではなく今現在この屋敷内にいるメンバーは各々遠方まで仕事で出て行ってしまっている。
もしかすると誰もがの面倒を見るのが嫌でわざわざ…という可能性も無きにしも非ずといったところだが今となっては確認のしようがない。
自分達のボスの身の回りをと思って昔雇っていたメイドも居たには居たのだが気がつけば全員死んだのかはたまた逃げてしまったのか、世話を担当する人間は今居ない。
今は皆が皆文句を言いながら自分の事は自分でしている有様である。

「…1人ぐらいは雇っておくべきだったかあ゛」

流石に勝手知ったるこの屋敷内にスクアーロの知らない場所はどこにもなかったがの現在地は想像もつかない。
此処には一応武器庫も重要機密事項が沢山書かれてある書庫もある。
イタリア語の読み書きまでは出来ないようだったが見られては困るものも、存在する。
一応トレーニングの場所を案内しながらついでとばかりに教えたのは食堂とミーティング用の部屋の2室。勿論その2室は最初に探したがあの子供の気配はなく。
その他の部屋はまた後々皆が帰って来てから個々に教えたほうがいいだろうと判断してのことだ。当然ながら部屋のひとつひとつにネームプレートのような洒落たものもついていない。

流石に、屋敷内で迷子になり餓死されるのも後味が悪い。
あの小さな黒猫に発信機でも何でも今後つけておくかとため息をついた。

「何処にいやがる」

とは言っても、そこまで広い訳ではない。
それにあの自分達よりも成長の遅い日本人の、しかも子供の足だ。セキュリティ解除の方法も知らないが門の外に出ようとすればたちまちセンサーが知らせてくれるだろうがその音すら無い。
宛がった部屋は綺麗にシーツが畳まれていての育ちの良さが見て取れただけだった。


―――ガタン。

無音の中、響いたのは誰も入ってはいけない部屋 だった。
否、誰かがそう決めた訳ではない。だがしかし、あの部屋は誰もが当時の情景を思い浮かべてしまうので必然的に足の遠退く場所であり。

「お前、この部屋が…!」

スクアーロですら入ることが躊躇われたその部屋のドアに手をかけ、勢いよく開いたもののそれ以上何も声を出すことは適わなかった。

―――カーテンと窓を開けたそこから降り注ぐ燦々とした日光と、心地良い風。
勿論部屋の主が居たあの時に、こんな風景を見ることはなく。
嗚呼、今は主は不在なのだとより分かるその風景の中、はそこに馴染んでいた。

さらりと流れる、不揃いな黒い髪。
振り向いたの紅い目からは静かに涙が流れていて。
ベルと年が同じの日本人の少年、にしてはいささか儚すぎるとスクアーロは思った。

「スクアーロ、さん?」
「…どうしてこの部屋に入ったあ?」
「ごめん、なさい」

死にたくないと嘆き、媚びる人間が涙を流すのだと思っていた。そう、だから涙は己の保身の為に流す、汚いのだと。
今までそう思ってきたしこれからもそうあるに違いないと思っていたのに、この少年はどうしてこうもはらはらと綺麗に涙を流すのだろう。
最初こそぞんざいに扱ってきたが、日本という平和な地で両親の愛情を受けて育ってきた人間が地に落とされた時の心情を考えると怒鳴りつける気も失せた。

「…何で泣いている」
「この部屋に入ったらすごく悲しくなったんです」

言い訳でも無いようだ、と直感的に分かった。
否応なしに思い返されるあの過去に、スクアーロは心の中で問い掛ける。お前はこの部屋の主を知らないのに分かるか、と。この、自分では感じることのできなかった、怒り以外の何かに。

否、今となっては過ぎた事だ。
スクアーロはガシガシと己の頭をかくとに近付き目元の涙を拭い、入室してはいけない部屋だということに気付き怒られることを覚悟していたは怯えた様子でスクアーロを見返した。

「泣くな、男だろお?」
「…え、あの」
「戻るぞ」
「!わっ」

何か言いたそうなの話に耳を貸すこともなく、スクアーロはの身体を担いだ。
どうせこの小さな子供は歩くのも遅いのだ。早くしないと折角買ってきた昼食が台無しになってしまう。

「さっきの部屋の主はXANXUS。俺達のボスだあ」
「ざん、ざすさん」
「しっかり強くなっておけよ。かっ消されるぞお」
「…」
「泣く暇も無ェぐらい扱いてやっからな」
「はい!」

自分の耳元で鼻水を啜る音を聞いて、滅多にいるタイプではないその素直さに気がつけば笑みを浮かべている自分がいた。
こいつを鍛え上げてお前が居なくても有能なモンが増えたと自慢するのも悪くはない。
可愛げのある弟分は素直に頷くとスクアーロの肩の上から各部屋の説明を真面目に聞き始めた。
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