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「僕はね。君の事は結構気に入っているのですよ」
「…遊ばれているようにしか思えないけれど」
「まさか。そうでなくては僕のものの証なんてつけませんよ」

話はまだまだ続いていて、チリンとその細い指が私の首に絡みつく。
綺麗な顔だな、なんて思いながらいつもその後にくる痛みに耐えようとしたけれど今回はそれは来なかった。こういうことを考えてしまう辺り、スクアーロと同種なのじゃないかと思うけれど決してそんなことはない。決して。
いやもしかしたらボスに殴られるぐらいなら耐えられるかもしれないけれどそんなことはない。

触れる指は私の首筋を撫で、そして上へとゆっくりとのぼっていき頬へと。
その触り方が何とも言えずぞわりぞわりと身を震わせた。

「…この鈴は、貴方のものの証?」
「ええ。そして君を守るためのもの」

それは唐突で、初めて見る表情だった。
笑い飛ばそうとしたのに私の頬にかかるその手も、その顔からも冗談の類は見られずに思わず固まる。どうしてそんな、顔をするのだろうこの人は。
何か話さなければ囚われてしまいそうなそのオッドアイから逃げるように視線を外す。

「…なあに、それ。貴方は敵だというのに守られるっていうの?」
「クフフ。僕は敵だなんてそう思ってはいませんが」

敵として見てはくれないほど私は弱いということかしら。これはちょっといただけないわね。むすりとしながら骸さんを見ると先程の雰囲気はどこへ行ったのやら穏やかな表情で見返してくるものだから言葉も失ってしまう。

「それでは勝手に約束しましょう。
…君を守れなければ、僕にその刃を突き立てなさい」

本当に勝手な約束なことで。
ずしりと手に重みを感じてちらりと視線をやればいつものナイフが私の手の中にあった。

幻術使いっていうのは本当にすごいのね、とありきたりな感想しか抱けないけれどナイフの感覚を確かめてから私は優雅に座る骸さんの膝に乗りかかるような形で素早く移動した。

おやおやと細められるオッドアイからは驚きすら見いだせない。
これでもまだ守られるような弱さを持っているのかしら?真面目な顔をして彼を見ているというのに、骸さんから発せられる雰囲気は変わらないままだ。

「君は猫のようですねえ」
「…引っかいて欲しいのかしら」

この、ナイフで。切っ先は彼の喉元へ。
少しでも私が力を入れれば骸さんの白い首は赤に染まるだろう。圧倒的有利なのは私だ。

「クフフ、君は本当に面白い」

唐突に太腿に彼の手が置かれ驚きに離れようとするもいつの間にか腰にも腕をがっちりと回され身動きの取れない状態になっていたことに気付く。やられた!

逃げる事に意識を向けているうちに唯一の抵抗手段であるナイフまで消えてしまって、この世界はこれだから嫌なのよと世の中の幻術使いに呪いの言葉を吐きかけた。
引き寄せられ私の視界は骸さんの丹精な顔でいっぱいになる。

「んっ、」

徐に唇が重なった。
彼との口付けはこれが初めてという訳では無いのにどうしてこうも胸がざわつくのかしら。
ただ触れるだけのそれは、私が驚いて固まっているうちにすぐに離れた。

「…早く帰ってきてくれないと暇で暇で仕方ない」
「分かっ…たわよ。だから早く離しなさい」
「クフフ、それでは今度こそ本当に引っかかれる前に退散しましょう…Arrivederci」

そして私は骸さんの顔を見て…自分の身体に返される、とでもいうのかしら。
急に強く身体が引っ張られるようなそんな不思議な感覚に陥り、くたりと力が抜けて私の意識は闇の中。

完全に意識がなくなる前、何かが遠くで聞こえたような気がした。
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