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「今回は持っていくのか?」 「うん、何となくね」 走り出すジェットの振動で、からりからりと鳴るのは唯一イタリアから持っていく私の手元にある宝石箱。そういえば外に持ち出すのは初めてだったっけ。 誰にも触らせたことのないそれが少し珍しいのかスクアーロは覗き込むようにしてそれをまじまじと見た。 半透明のその手の平サイズの小さな箱に対して、唯一スクアーロとボスだけが捨てろだとか気持ち悪いだとか言わなかったことを思い返す。いやボスだけは1度開けてみせろと言ったのだけど私はその命令だけは従えなかった。困った顔をしたら呆れた様子でもういいって言われて、それっきり。 父さんの遺品を持ち続ける女ってどうなんでしょうねと、今更ながら思う。 今回この箱を持っていくことを決めたのは部屋を出る直前だった。 特に理由はなかった気がする。だって今回の任務は私の生命に関わるようなそんな大きなことではないし、五年前の事件に関連することもない。…ランチアに会えた事がそうさせたのかしら。 彼は元気にしているのだろうか。少し痩せていた気がするけれどご飯も食べているのかしら。夢の中で骸さんに聞いておけばよかったわ。 「指輪が欲しいなら買ってやろうか」 私が色々と考えを巡らせている間スクアーロはまた突拍子もないことを思っていたらしい。どうしてそんな考えに行き着いてしまったのか少し気になるところだけど鼻で笑うのも可哀想だと思えてしまうぐらい、いたって真面目そうな顔をしている。 「ふふ。指が取れたらこの箱に一緒にいれて大事にしてくれるなら貰いましょうか」 ベルとは違って特別戦闘に秀でている訳もないし、私はワイヤーを使う時用に皮手袋を嵌めている。そうじゃないと恐らく、手の指は何本あっても足りないくらい取れているはず。 骸さんとの手合わせの時は流石にそんなものはなかったけれど日本で調達した太めのものだったからたまたま怪我を負わなかっただけで。 笑えない冗談にスクアーロがひくりと頬をひきつらせたのが分かった。 「そういえば、その…鈴だけどよお゛」 「んー?貰ったの」 「…獲物だっつってたヤツからか?」 スクアーロが用意していた質問ってこれまた変なのばっかりで。人の持ち物に対して今まで何も言ってこなかった彼が、言葉を濁しながら聞いてくるものだから不思議に思ってスクアーロを見返した。 そもそも獲物の件も彼が覚えている事に驚いた。どうせすぐに忘れるだろうと思っていたのに。マーモンにはこの鈴自体が幻術ということがわかったみたいだけどスクアーロからはまた違った見方ができたらしい。 揺れる度ちりちりと鳴る鈴を見続けるスクアーロの視線が痛い。 「まー、そんなところよ」 貰ったわけでもないから何とも微妙なところだけど。 そう返せば突然隣の席から身を乗り出すようにしてこちらに身を寄せ、視界はスクアーロでいっぱいになった。 身をよじろうにも彼の両手が私のすぐ横に押し当てられて背もたれに縫い付けられている状態になっているし、ついでに私の両膝は彼の長い足で挟まれた。何事かと私は彼の綺麗な瞳を睨みつける。 「なあに?」 「…面白くねえ」 怒っているわけではなさそうだけどご機嫌は最強に悪そうだ。一体突然どうしたというの。 このよくわからない状況を打破しようと彼の肩を押してもビクともしない。力じゃ敵わないんだから諦めてスクアーロの好きなようにさせるかと溜息をひとつ。 力を抜いたその時、彼は私に聞こえないような小さな声で何かを呟いて私の首筋に強く噛み付いた。 「い゛っ!」 突然の痛みにひりひりとする。 噛み付いただけじゃない、その後ぬるりと首筋を這う感覚。 チリン、と鳴る鈴の音を聞きながらぴくりぴくりと身体が跳ねるのにスクアーロは離すつもりがないのか未だに動きが取れない。 「すく、」 「」 漸く顔を離したと思ったら相変わらず真顔でこちらを見てくるものだから思わず口を閉じてしまって。 私の頬に添える手が。近付きながら目を閉じる彼の顔が。 どうしてスクアーロがこんな事をしているのか分からないまま私はただそれをぼんやりと見届け、 「―――なんてな」 「っ」 カプリと鼻を噛まれた。痛い。 してやった、とばかりに楽しげに笑みを浮かべながらまた隣の席へと戻ったスクアーロを憎らしいと思ったのは相当久々だ。私を驚かせた罪は重い。 「あの時、以来ね、スクアーロ」 沸々と蘇ってくる当時の私の行動。 一句一句区切って隣の彼を見ると心なしか少しだけ青ざめているようにも見えるけど知らないわ。 許してあげない。 「歯ァ食いしばりなさいカス鮫」 容赦はしないわよ。 にっこりと微笑みながら私はスクアーロが逃げないように彼の膝の上に座り込むと右手を硬く握り締め、そして、 (あの時より遥かに暴力的になりやがった) |