02.S級任務の実態
コンラードは逃げ続けていた。 化け物は自分の手に負えなくなってしまった。Morte frettolosaを自分の術で口内精製した他に、自分の手によりあの原液を打ち込んだ。膨れ上がるあの殺意が自分に向いていなかったとしても思い出すだけで身の毛がよだつ。おそらく六道骸は死んだだろう。 少しだけ残念だが、これも自分の実験の礎となったのだ。コンラードの口元に笑みが浮かぶ。 手綱を食いちぎり牙を向けるような化物はもういらない。 あのまま副作用に殺されるのが目に見えているが生かす義理もない。強く、そして哀れな女だ。生まれる前から実験による死の定めを持ち、ただ自分の実験体として生き続け、それでいて何とか生き抜いてきただけの強運の子供。 10年以上も薬物投与で生き続けた見事な成功体を手放すのはかなり惜しいが手元にはそれに使用していた薬も、実験記録も何もかもが残っている。 1からではないのだ。その為にはまた被検体を探さなくては。 「しししっ、みーーーーーっけ」 楽しそうな笑い声とともに扉が開いた。 「やっと見つけたよ、よくもそんな下級な幻術で逃げおおせたものだ」 「ヒッ」 コンラードの周りにいる研究者達は既に事切れていた。何時の間に目の前の男はやってきたというのだ。それに、その服は、 「俺お前に会いたくて会いたくて仕方なかったんだよね」 ヴァリアーの幹部、ベルフェゴールの姿だった。その後ろには赤ん坊の姿もある。 後ずさろうにも後ろにはワイヤーが張り巡らされていた。まるで、蜘蛛の糸だ。 やっと尻尾を出した。 ベルは長かった苦難の日々に思いを馳せる。 男の所在は何年も前から探していた。 ヒントは近くにあったのだ。術士の残り香から粘写により見つけられるかもしれないと言っていたのに、その彼が渡したというあの箱に入れていたことで指輪の本当の主の所在が見つかりにくかっただなんて言うものだから。 XANXUSに事の経緯を話して開けさせようとしたのに、それでもあの子があれを頑なに出そうとしないから。 結局全員があの子供に甘かったのだ。 あの箱を開けてしまえばが壊れてしまうなんて、皆が思ってしまうほどにあれに依存しているのは明らかだった。 唯一の心の拠り所を壊すわけにはいかない、そういう考えが結局のところを苦しめこの男を生かしてしまった。 こんなことになるのならばもっと早く、縛り付けてでも奪い取るべきだった。 「Morte frettolosa。俺達にはもう不要なんだよね」 「ま、まて!俺はの」 「あん?」 その言葉の選択は失敗だと思い知らされた。 殺意が膨れ上がった。ガチガチ、と恐怖に歯が鳴るがベルはそれを見て大して面白くなさそうに一歩一歩近付いた。 命乞いなんて、もってのほかだ。殺すつもりで探してきたのだから。 だがそれも今日ですべてが終わる。 「お前どうせ血も繋がってねーんだろ?あの時のあいつの衰弱した顔を思い出したら一撃で仕留めるには勿体無えぐらい」 ―――大事な人はみんな、居なくなっちゃった。 悲しげに笑う彼女を。自ら手放した自分とは違い突然の庇護下から放り出され独りで生きざるを得なかったあの子供を。 辛いものを見てしまったのだろう、当時の記憶の大半を沈めてしまうほどの衝撃を受けてそれでも尚涙を流さずナイフを手にした女を。 それでも幼いベルは覚えている。嗚咽をこらえきれずスクアーロの部屋で泣いていた彼女のことを。日本へ渡るまであの指輪を入れていた箱を抱きながら父さんと呼び続けた彼女のことを。 久しぶりに手合わせをした時、随分と明るい表情になっていたものだから日本へ行かせて良かったものだと思っていたのに。 2度との笑顔を曇らせるものか。 「苦しみ続けながら、死ねよ」 バラリバラリ、と降ってくるナイフ。頭の中ではそのナイフと、マーモンによる幻術でおぞましい映像を見せられているに違いない。 「やめろ…やめろ俺の手が、目が、腸が…あああああっ!!!」 「あーボス?終わった終わった。死体どする?了解」 さっさと報告を終えると用済みのコンラードの死体に着火した。 灰になり完全に消えるまで、見届けるつもりだった。 「…には伝えないんだ」 「たりめーじゃん。あいつの両親は五年前に死んで、そこからがこいつに入れ替わった。あいつが知るのはそれでいい」 「…君もボスも、本当には甘いね」 「しししっそういうお前もだろマーモン。お前が渡したあの箱、結構マジで良い値段したのに格安でにやったんだってボスが言ってたぜ」 無言は肯定。 焦げ臭い匂いに鼻を摘みながらベルは漸く少しだけ、落ち着いて笑みを浮かべた。 その手にはのナイフが一振り。お前も大変だったよなー、なんて声をかけても勿論返事はない。 こんなんでが救われるなんて思ってもねーけどさ。 それでもあいつの枷の一つぐらい外してやれたらいいんだけどな。 【S級任務の実態】 |