04.君の幸せを願う


「聞いてください先輩」
「…何だ」
「今日ね、とても面白い人間を見つけたんですよ」

珍しく純粋に楽しげな笑みを浮かべている骸を見るのはある意味5年ぶりだったのかもしれない。とは言え当時はその笑顔の裏には既に恐ろしい策が練られていたわけなのだが。


「僕の幻術が効かない、面白い子だ」

その瞳に何かが含まれていることに気が付かないほど、ランチアは鈍くもなければ彼と長年共に生活をしているわけではなかった。
だからこそわかってしまう。有り得ない、と脳裏に過ぎったそれが有り得てしまうことに。

「…まさか」
「#name1#。彼女が日本に、生きてここにいるんですよ」

これはもう、運命としか言いようがありませんねえ?





「おやおや、先輩また夢でも見ているんですか?」

冷たい声が部屋に響きランチアはハッと我に返った。
幽閉されているわけではなかった。ただ、彼に背く行為でもすればまたマインドコントロールで、今度は日本の何も罪もない人間をこの手で殺めてしまうかもしれない。彼にとって彼ら以外の、全てが人質だった。
以前は骸が術を用いて他の名で日辻の前をうろついていた際は己が六道骸として何度か黒曜中学へと足を運んだこともあったが…彼女があの事件にさえ合わなければ、この制服を着て、級友と笑いあっていたのだろうと思うと途端に呼吸が辛くなる。
。あの無邪気な笑みをもう、見ることは適わないのだと。


「変わらなかったでしょう、彼女は」

何も変わっていないようで何もかもが変わってしまったのだというのに。
どこからあの子供の人生は歪んでしまっていたのだろう。元々敷かれたレール自体が歪みに歪んでいたことも、彼女は知らないままだろうか。
それでも、自分の頬を遠慮もなく殴り真っ直ぐ見据えるあの瞳は。あの瞳だけは歪むことが無かった。情けない話だが、それだけで少し、救われた気もしたのだ。


「…そうだな」
「クフフ、いたぶり甲斐がありますねえ。日辻真人は簡単すぎましたから」
「っ貴様!」


それでも、ランチアは知っている。
彼が狂いきる前に抱いた善の心はまだ骸の中で息をしていることを。
揺るぎなく、澱みなく血と茨の道を歩むその裏で、託された娘を助けて欲しいと願ったあの母親の頼みを聞き入れられなかったという小さな悔いが巣食っていることを。

そして、それは彼女に出会ったことで再び何かが変わろうとしていることを。


「あの子に何をするつもりだ」
「そうですねえ」

骸のしでかしたことを決して許すことは無い。
だが、過ぎてしまったことに対し今更復讐することもない。

しかし、



「柄にも無く人助けをしようと言ったら、先輩は笑いますかね?」


突然支配が解かれ何事かと思えば骸があの時の母親から受け取った指輪を取りに帰ってきていた。それはランチアの部屋にあった。
ちらりと彼を見ればランチアに施されたマインドコントロールが解けたことに骸が気が付いていない程に彼は動揺しているらしい。珍しい事もあるようだと静かにそれを観察した。
最近はがイタリアへと渡った所為か少しは落ち着いていたというのに三叉槍を手にしている骸は既に臨戦態勢にあった。しかし、何故今その指輪を。
長い間触れることもなかったそれを見つめる瞳に含まれているのはやはり一筋の悔い。そして、…否、これは見なかったことにしておこう。

彼が人間らしい感情を得たとしたのであれば、その時はそのときだ。


「…

骸が去った後、物静かで無機質な部屋にただ一人ランチアは祈るようにして言葉を紡ぐ。

――遠く離れた土地で1人にしてしまった彼女。
また、お前の誕生日には花を贈らせてくれるだろうか。あの、無邪気な笑みを取り戻してくれるだろうか。
あの笑みを再び見れるのであれば、相手は自分でなくても構わない。いや、自分ではもうそんな資格がないことぐらい分かっている。だけど願わずにはいられない。


「…どうか」

どうか、お前だけは、幸せになってくれ。


【君の幸せを願う】

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