04:変動(2/4)
いつかと同じ蒸し暑い日だった。
休憩時間がやって来たけど今日は何だか様子がおかしいことに気付かないわけがない。
例の如くの任務中、スクアーロさんとは当然普段どおりに話したわけだけど流石にポーカーフェイスを気取るのもなかなか苦労した。そんな後だから顔を合わせるのはこっ恥ずかしいけれど会いたいという気持ちには変わりはない。
そう考えるといつものアパートメントに向かう足が少し早まってしまう自分が正直すぎて笑えた。
けれどもその笑みは、すぐに消えた。
もうすぐ終わる任務だし少しぐらい美味しい想いをしても問題はないだろうと楽観的に考えている自分と、本当に好きになってしまったからこそ離れなければならないと彼のことを考えている自分との間で苛まれていた。これを彼に言うべきか、否か。
期限はいつのまにか明日に迫っていて、もう遅いということは当然ながら分かっていた。
…ならばあの時、彼の行動を拒絶しなかった私の対応は間違いだったんじゃないかと思うところもある。
自分の命が惜しければさっさとこの件を伝え、救いを求めれば私一人ぐらいならどうにかなるかもしれないだろう、という変な自信がある。
いや、むしろこうなると分かっていれば?最初からスクアーロさんに話していれば?…違うよね、と頭を振った。それだけじゃ駄目なのだ。私には私のファミリーがあるのだから。
「…うーん」
買い物をいつも通りに終えてからようやく気付く。
今日は私の後ろにボディーガードが居ない。後ろから気配を消してどこかから見守られている様子もない。
珍しいこともあるもんだ。依頼人だって今日はさっさとどこかへ行ってしまったし、かといって”CDI”であの子達と話したときも少し眠そうな声をしていたもののそう変わらなかったような気もするし。
明日のパーティの準備でもしているのかもしれない。その設置やら会場やらは私もまだ実は教えてもらっていない。今日の夜にでも恐らく最終打ち合わせがあるのかもしれないな…そう考えると今からご飯はたくさん食べておかないと。
「いたぞ!あそこだ」
嫌な予感はいつものスーパーの中から感じていた。
その感覚を信じ猛ダッシュでスーパー内から走ったことであの建物を巻き込むという最悪の事態は防げたらしい。気がつけば前の同じ路地裏に入り込み、そして前から、後ろからバタバタと聞こえてくる足音。
「だな?」
久々に私を囲む男達は前と同じファミリーのところだろうか。
私がフリッタータを食べようとする時にやってくるのってよっぽど卵まみれになりたいと見た。堂々と私の前に姿を現した黒スーツの人間はやっぱり7人。銃持ち4人にナイフが3人。術士の気配は…今回も無いような気がする。
「おやおや私の事をお知りで?」
対象が”ユーリア”ではないということは、つまり。私が誰で、何をして、何を持っているかということはすでにご存知で?ならばもう隠す必要はないか。
彼らの標的であることが間違い無いということを示すように帽子を取り払う。
さらりと流れる銀髪、「確かに」と小さく呟かれる男の声を聞き漏らすことはない。
「帰りたい」
弱音じゃない。心の底からめんどくさい。
何とはなしに上を仰ぐ。
あの時と同じ路地裏、いつまでも誰かが助けてくれるわけじゃない。守られる立場であるのはユーリアであり私じゃない。
大きく指を上にあげ、そして大きく口を開く。何事かと構える男達。仕方があるまい、私の特別スキルを見せてあげよう。
「あっ、スクアーロさん!!!」
この世には戦略的撤退という言葉がある。
はたして彼らにそんなものが使えるかどうかある意味賭けに近い。だけど私はそれに勝った。スクアーロさんの名前すごい。
誰もいない方向に指をさしてありったけの大声で彼の名を叫ぶ。
バッと全員が振り返ったのを確認すると辺りに霧を纏わり付かせ、傍の細道に身を滑り込ませた。が、
「小癪な真似を!」
「っ!」
人数を把握しきれていなかったらしい。それとも私がこうやって逃げることを見越していたのか。
思ってもいない方向から髪を引っ張られ、カクンと後ろに引き倒される。背中から地面にたたきつけられその衝撃で一瞬息ができなくなった。
身体を起こそうとしたその首筋にヒタリと冷たい感触。
あ、これ終わった。
ナイフを当てられたまま私の指に嵌るリングを取ろうとするも直ぐに幻術で隠したから分からないだろうと思ったのに、「手ごと持っていくか」なんて恐ろしいことがさらりとつぶやかれ死亡を確信した。
こんな路地裏で終わりとか、最悪なんだけど。
あーもう一人来たな。術の範囲から漏れてしまったなんて私のまだまだ実力不足だ。……。
「…あ、スクアーロさん」
「ハハ、二度も同じ目に」
「待たせたなぁ」
ズブリと私の上にのしかかる男の肩に容赦なく突き刺さりこちらへと姿を現す剣の先。
銀色のそれが今は赤い血液を垂らしていることを目で確認できたと同時にびしゃりと生暖かい液体が顔にかかる。
「…目、瞑ってろ」
静かな声だった。
素直に従うと視覚が閉ざされた分敏感になった聴覚と嗅覚が私の上になっていた男の死を静かに報告した。
報告書やなんかではよく死体を見てきたけどこうやって目の前で人が殺されること滅多と見ることは無い。あー本当物騒な世界だねマフィア界って。
いや私だってずっとここに所属しているわけだけどさ。あまり気持ちの良いとはいえない何かを裂くような音が辺りに響いて顔を歪める。
「…わっ」
ふわりと浮かぶ身体にようやく目を開いた。
目の前にはスクアーロさんの顔があって気がつけば横抱きにされていて、いつの間にかもう走り出されていた。
慌てて声をあげようにもその顔があまりにも冷たく前を向いていたし、心なしかさっきより私を掴む腕が痛い。
「……」
仕事モードかと思ったけどそうじゃなく、ただ…何となく怒っていることに気付いて私も押し黙る。
いつもの休憩しているアパートメントとは違う方向へとんでもないスピードで進んでいるのをぼんやりと見ていた。
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